球体とリズムBACK NUMBER
香港の現状&サッカーを知る男。
中村祐人が国籍変更を選んだ理由。
posted2019/12/18 07:30
text by
井川洋一Yoichi Igawa
photograph by
Getty Images
もしかしたら世界的な注目度は、日韓戦よりこちらが上かもしれない。
EAFF E-1選手権は12月18日に全日程を終える予定で、最終戦では2戦2勝同士の日本と韓国が優勝をかけて争う。一方、その前に組まれている香港対中国戦は、すでに2敗しているチーム同士の対戦となり、通常なら消化試合ともいえる。しかし現在の両者の政治情勢をふまえると、その意義は非常に大きい。
筆者はかつて、香港に6年住んでいた。サッカー専門誌に勤めているときにUEFA.comから誘われ、UEFAと契約のあった英国通信社のアジア支局で働くことになったからだ。EURO2008が終わった頃の話だ。
当時の香港は、便利で治安がよく、活気のある素敵な街だった。ところが今年に入って、政府から逃亡犯条例改正案が提出されたことをきっかけに、市民たちが自身の行く末を案じ始め(この改正案により、香港市民が中国当局の取り締まりの対象になる可能性が浮上)、3月から反対デモが始まった。
6月には主催者発表で100万人を超える規模のデモが行われ、その後、空港が閉鎖されたり、大学に立てこもるデモ隊と警察の衝突があったりと、「戦争さながらの光景」(現地の日本人)が繰り広げられた。
「僕は香港人になりたかった」
肌身で香港を知る者として、僕もこの状況を憂慮していた。ただおそらく、誰よりもそうした感情を抱いている日本出身のフットボーラーはこの人だ。
中村祐人──現在32歳。浦和レッズのゼネラルマネジャー(今季限りで退任)、中村修三氏の息子として生まれ、大学卒業と同時に香港でプロとなった。そして昨年には中国国籍を取得し、その3日後の親善試合(インドネシア戦:1-1)で代表デビューを果たしている。
「日本は二重国籍が認められていないですが、それでも僕は香港人になりたかったんです」と中村は言う。数年ぶりに再会した32歳のMFは、精悍な顔つきのフットボーラーになっていた。