サッカー日本代表 激闘日誌BACK NUMBER
フォトグラファー清水和良が撮った激闘の瞬間
posted2018/05/18 10:00
text by
清水和良Kazuyoshi Shimizu
photograph by
Kazuyoshi Shimizu
ワールドカップフランス大会アジア第3代表決定戦(ジョホールバル ラーキン・スタジアム)
日本 3-2 イラン
1978年、23歳のとき、初めてワールドカップの撮影をした。オズワルド・アルディレス、マリオ・ケンペスを擁したアルゼンチン代表が、母国開催であれよ、あれよと勝ち上がり、その都度、首都ブエノスアイレスの街角には勝利を祝う群衆が溢れ、決勝戦は7万人の大観衆がスタンドを埋め尽くした。前半はスタンド席からの撮影となったが、アルゼンチンがオランダ・ゴールに押し寄せる度に、スタンドが上下に揺れ、望遠レンズを覗きながら、悪戦苦闘したのを覚えている。まるで戦争に勝利したような、あれほど国中が盛り上がった大会は、前回のブラジルまで10大会連続取材しているが、あのときだけだ。
そのアルゼンチン大会で、地元のテレビ局に取材されたことがあった。遠い東洋の島国から取材に来たのを、珍しがってのことだろう。
「日本ではフットボールは盛んなの? まだワールドカップに出たことがないだろう」
「メキシコオリンピックでは銅メダルを獲ったけど、なかなかアジア予選を勝ち抜けなくて。でも、日系ブラジル人選手が来日して、徐々に力をつけ始めているから、いつかは本大会に出られると思うよ」
川口とマリオGKコーチの思いと抱擁。
そのときは、まさかワールドカップ出場に、20年もかかるとは思わなかった。
‘86年のメキシコ大会へはあと一歩と迫り、'94年のアメリカ大会も行けると思っていた。「ドーハの悲劇」のときは、さて、選手の喜びの表情をどう撮ろうかと考えながら、試合終了のホイッスルを待っていた。そしたら……。
だから、'97年の勝利は本当に待ち遠しかった。先制して、追いつかれ、逆転され、追いつき、そして迎えた延長後半13分、中田英寿のミドルシュートをイランのGKがはじき、そのこぼれ球を岡野雅行が決勝ゴール。試合終了と同時に喜びに沸く選手たちの表情を、20年分の思いを込めながら、写真におさめた。その中の1枚がこれだ。
ときには先輩だろうと、ディフェンス陣を最後方から怒鳴りつけ、気力を前面に出しながら、懸命にゴールマウスを守った川口能活。それはアトランタオリンピックから、お馴染みの彼のスタイルだった。川口の頭には、そのアトランタ大会の帽子が被さっている。喜びを分かち合うのは、五輪代表時代からコンビを組むGKコーチのジョゼ・マリオ。2人の思いが溢れる1枚になった。