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西洋文化の真ん中で。
~日本フィギュア隆盛の歴史~ 

text by

小川勝

小川勝Masaru Ogawa

PROFILE

photograph bySunao Noto/JMPA

posted2014/02/13 06:10

西洋文化の真ん中で。~日本フィギュア隆盛の歴史~<Number Web> photograph by Sunao Noto/JMPA

団体戦男子SPで、ロシアのプルシェンコ、カナダのチャンらを抑えて1位となった羽生結弦。個人戦でも活躍が期待される。

 ソチ五輪日本選手団の中で、最も知名度が高く、スポーツファンの枠を超えて期待が高いのは、フィギュアスケートの男女シングル代表だろう。4年前もほぼ同じような状況だったから、我々はつい「冬季五輪といえばフィギュアスケート」という認識に慣れてしまって、ずっと以前から、日本がフィギュアスケートの強豪国だったかのような錯覚に陥ってしまう。

 だが、もちろん(と言うべきだろう)実際はそうではなかった。1998年長野五輪の時、日本男子の最高順位は本田武史で15位だった。女子のほうは、前年世界選手権の結果、出場枠が一つしか獲得できず、代表になったのは当時16歳の荒川静香(13位)だった。長野では15歳のタラ・リピンスキー(米国)が金メダル、17歳のミッシェル・クワン(米国)が銀メダルとメダリストは若年化していた。この8年後に荒川が金メダルを獲るなど、当時、いったい誰に予測できただろう。

日本勢の隆盛が始まったのは'02-'03シーズンだった。

 しかし2002-2003年シーズンに17歳の中野友加里がGPシリーズ・スケートアメリカで3回転アクセルを跳び、14歳の安藤美姫が、女子選手として初めて、公式戦で4回転ジャンプを成功させた。全日本選手権で優勝したのは村主章枝だったが、この大会で12歳の浅田真央が、世界で初めて3回連続の3回転ジャンプを決めている。現在の隆盛につながる分岐点となったのは、このシーズンだったと言っていいだろう。

 それより前の時代は、フィギュアスケートと言えば、欧米勢が世界のトップクラスを独占していた競技だった。オリンピックのフィギュアスケートは1908年以来、23回実施されているが、歴代のメダル数を国別に見てみると、それがよく分かる。

●フィギュアスケート・五輪男女シングル国別通算獲得メダル数
  金メダル  銀メダル 銅メダル
男子 米国 (7)
スウェーデン (4)
ロシア (4)
オーストリア (3)
イギリス (2)
ドイツ (1)
チェコ・スロバキア (1)
EUN (1)


 
カナダ (4)
オーストリア (3)
米国 (3)
ソ連 (2)
ロシア (2)
スウェーデン (2)
スイス (2)
ドイツ (2)
ノルウェー (1)
チェコ・スロバキア (1)
フランス (1)
米国 (5)
フランス (4)
カナダ (4)
チェコ・スロバキア (2)
オーストリア (2)
スウェーデン (1)
ノルウェー (1)
スイス (1)
ベルギー (1)
ソ連 (1)
日本 (1)
  金メダル  銀メダル 銅メダル
女子 米国 (7)
ノルウェー (3)
ドイツ (3)
イギリス (2)
オーストリア (2)
スウェーデン (1)
カナダ (1)
オランダ (1)
ウクライナ (1)
日本 (1)
韓国 (1)
米国 (8)
オーストリア (4)
ドイツ (2)
オランダ (2)
カナダ (2)
日本 (2)
スウェーデン (1)
イギリス (1)
ロシア (1)

 
米国 (8)
イギリス (3)
カナダ (2)
ドイツ (2)
中国 (2)
スウェーデン (1)
フランス (1)
オーストリア (1)
チェコ・スロバキア (1)
ソ連 (1)
ロシア (1)
※EUN=バルト3国を除く旧ソ連で構成された選手団。ドイツには東ドイツを含めてカウント。

 別表は、男女シングルの歴代メダルを国別にまとめたものだ。男子の場合、オリンピックの歴代メダル合計69個のうち、68個を欧米勢が独占している。残りの1個がバンクーバー五輪の銅メダル、高橋大輔だ。

 欧米勢と日本の高橋以外には、南米もオセアニアも、まったく入っていない。この事実だけでも、日本のフィギュアスケートが、世界的に見ていかにユニークな存在であるか、理解できる。

【次ページ】 伊藤みどりと荒川静香が獲った二つの記念碑的メダル。

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荒川静香
伊藤みどり
本田武史
タラ・リピンスキー
中野友加里
安藤美姫
浅田真央
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