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ルールの壁をも乗り越えた
“総合格闘技”ムエタイ。 

text by

橋本宗洋

橋本宗洋Norihiro Hashimoto

PROFILE

photograph byChiyo Yamamoto

posted2009/09/14 11:30

ルールの壁をも乗り越えた“総合格闘技”ムエタイ。<Number Web> photograph by Chiyo Yamamoto

ボーウィーの前に出る強い圧力に対し、宍戸は打ち合いながら後ろ回し、横蹴りと変則的な蹴り技を繰り出すも、最後までボーウィーがひるむことはなかった

 1985年に創設されたシュートボクシングのコンセプトは“立ち技総合格闘技”である。パンチ、蹴りに加え投げ技とスタンド状態での絞め・関節技も有効。ジャッジの採点は投げのポイント(シュートポイント)を加味して行なわれ、打撃はもちろん投げで相手の頭部をマットに打ち付けてのKOや、サブミッションでの一本勝ちなど様々なフィニッシュが存在する。

 そんなシュートボクシングのリングでは、打撃で優勢だった選手がシュートポイントで逆転負けを喫したり、関節技を仕掛けることで体力を消耗した選手がパンチの餌食になる光景も珍しくない。立ち技限定ながら、まさに総合格闘技なのだ。ゆえに打撃技術だけのキックボクサーは容易に勝てず、寝技に持ち込めないためにグラップラーも不利となる。シュートボクシングで勝てるのはシュートボクサーだけ。そのための技術を、選手と指導者は24年かけて磨いてきた。

 だが、その歴史を覆すような選手が、9月4日の後楽園ホール大会に登場した。メインイベントでエース・宍戸大樹と対戦したボーウィー・ソーウドムソンである。軽量級時代にラジャダムナン・スタジアムとWMCというムエタイのメジャー二冠を獲得、中量級に転向してからも欧州の団体WPKLのベルトを腰に巻いた、掛け値なしに立ち技の最高峰といえる選手だ。そのアグレッシブなファイトスタイルから“壊し屋”の異名をもつ。

圧巻のダウン、そして衝撃の投げ技。

 試合序盤は、宍戸のペースで進んだ。左右に大きくステップを踏みながら、ミドルキックと前蹴りを小気味よく放っていく。スピードと手数で相手を圧倒する、得意のパターンだ。だが、ボーウィーはまったく表情を変えることがない。何事もなかったかのように前進し、パンチをボディに集中させていく。

 ボーウィーが主戦場としてきたタイには、テクニック型の選手が多い。生半可な“豪腕ファイター”では、巧さに翻弄され、判定で丸めこまれてしまうのが関の山である。そんなムエタイの世界で、ボーウィーはひたすらKO狙いの闘いに徹し、タイトルを獲得するに至った。その“肝”は単なる強打ではなく、強打をヒットさせるまでの準備段階で巧さを潰してしまうことにあったのだろう。

 試合が進むにつれ、宍戸が足を止める場面が増えていった。こうなれば完全にボーウィーのペースだ。セミファイナルでは無敗のホープ・梅野孝明の1ラウンドKO勝ちに沸いた場内の雰囲気が、不穏なものに変わる。宍戸がコーナーを背負うたび、彼への声援に悲鳴が混じるようにもなっていった。

 劣勢に立たされた宍戸は、シュートボクサーとしての次なる手段を講じた。投げやサブミッションで勝機を見出しにかかったのだ。しかしボーウィーは、ここでも表情を変えることがなかった。投げの体勢にすらさせず、アームロックは無造作に振りほどく。

 4ラウンド、ボディに突き刺さったヒザ蹴りで、ついに宍戸がダウンを喫する。さらに衝撃的だったのはこの直後の展開だ。なんとか組みついた宍戸を、ボーウィーが大きく抱え上げて後方に投げ捨てたのである。ムエタイ戦士が、シュートポイントを獲得した瞬間だった。

 最終5ラウンドに宍戸ができたのは、逆転KOを期して打ち合いに出ることだけだった。相手が得意とするフィールドにあえて踏み込んだ結果は、当然のごとく玉砕だった。完璧な右ストレートが宍戸の顎を捉え、そこで試合は終わった。

【次ページ】 取るべきスタンスは崇拝か、闘争か。

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梅野孝明
ボーウィー・ソーウドムソン
宍戸大樹

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