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首位は譲らん!──今岡誠のスタイル──
text by
長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2005/09/05 00:00
阪神タイガース、9月最初のゲーム。
2位の中日ドラゴンズに0.5ゲーム差まで追い詰められていた。前夜はドラゴンズの強い面が存分に発揮された試合だった。この日もし敗れれば、タイガースは6月から守り続けていた首位の座を明け渡すことになる。そんな首位攻防戦だった。
1点リードされた3回表。サードを守る今岡誠は荒木の3塁線を襲う強烈なゴロを横っ飛びで好捕。見事にアウトにした。そのユニフォームにはほとんど泥がついておらず、今岡は平然と次のバッターに備えて身構えていた。
そしてその裏。1−1に追いつき2死1塁。「ストライクは全部振るつもりだった」という今岡は、山本昌の初球をレフトスタンドに一直線に放り込んだ。ベースを一周してベンチに戻る、彼の表情には笑顔はなかった。
続く5回裏、今岡の打席。状況は1死1、3塁。「ランナーを返すことだけを考えていた」と試合後に語る今岡は2ストライク後、実に6球ファールで粘り続けた。途中、自打球を当てても、今岡は心配するトレーナーを手で制しもした。
迎えた10球目。再び打球はレフトスタンド中段に突き刺さった。このときもその表情はこわばったままだった。今岡の表情がようやく緩んだのは5回裏終了後のグラウンド整備が済むまでの間、ベンチでチームメイトから祝福された一瞬だけだった。
昨年、野村克也元阪神監督に話を聞いていたときのこと。
前後の脈絡に関係なく、野村が突然こうつぶやいた。
「捕れそうなゴロに飛びつかない内野手がどこにいますか。よく見てご覧なさい、今岡のユニフォームはいつもきれいですから。それを指摘するとひねくれる。それじゃあ、私はどうしたらいいんですか。あいつは何を考えているのか、ようわからん」
繰り返し言う。それまで聞いていた、自身の「印象に残るプレー」を話している途中、突然野村はそう言った。タイガース監督就任中、野村と今岡の確執がたびたび報道されていたが、監督を辞して数年が経ってもなお、野村の今岡評は厳しかった。
この首位攻防戦の数日前、今岡に話を聞いた。
そこでは「目先の1勝にこだわりたい」、「たとえ凡打でも、点が入るのならうれしい」と、終始、「チームのために」ということを強調していた今岡だった。
こちらが、「今年は2003年に日本一になれなかった借りを返すときでは?」と「日本一に向けての意気込み」を聞こうとしても、頑として「今はそういうことを考えたくない」、「今は1つ勝つことだけを考えたい」と意固地なまでに語る。
「ランナーがいないときのヒットより、チームに点が入る凡打のほうが嬉しい」と泥くさく語る選手会長の姿を見ていて、「ユニフォームに泥がつく」ことが「気合や根性、ヤル気」とどの程度比例するのだろうか、とふと思った。
今岡は最後に言った。
「努力だとか、ガムシャラさというのは口に出すものではない」と。
結局この試合、タイガースは8−1で完勝する。調子を落としていた先発下柳の復活とJFKの危なげない好投が光った。そして、紛れもなく「打」のヒーローは2本のホームランと三塁打を放ち、6打点を挙げた今岡誠だった。
試合終了の瞬間、ようやく笑みがこぼれる今岡。しかし、その表情もすぐに引き締まる。ファインプレーをしても淡々としたプレーを続け、ホームランを放ってもその表情は厳しい。それが今岡誠のスタイルなのだ。たとえば、喜怒哀楽を前面に出し、ユニフォームを泥だらけにして「ハッスルプレー」をウリにする選手がいる一方で、己の職分を淡々と、実に平然とこなす選手もいる。それは単に感情表現の差異でしかない。
試合終了後の勝利者インタビューで「今日は絶対に負けられない気持ちでした」と語った後、今岡は力強く宣言した。「みなさん、今年は期待に応えます!」と。
「今年“は”」というのが、リーグ優勝を成し得なかった昨年と比較してのことなのか、それとも惜しくも日本一になれなかった2003年との比較なのか。
満員の甲子園球場では、熱狂的な女性ファンが手作りの応援プレートを高々と掲げている。そこには「首位は譲らん!」とゴシック体で大書されていた。その表情からは窺い知ることはできないが、今岡誠もまた、そのプレートの文言と同じ心境であることは間違いないだろう。ペナントレースはいよいよ大詰めを迎える。