MLB Column from WestBACK NUMBER
【特別編】野茂英雄 歩みは止まらない
text by
菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi
photograph byYukihito Taguchi
posted2005/06/23 00:00
15日のブルワーズ戦で、野茂投手が遂に日米通算200勝という金字塔を打ち立てた。日本メディアはこの偉業を一斉に報じ、判で押したように美辞麗句を並べ立て野茂投手を賞賛の嵐で包み込んだのは周知の通りだ。
実はこの稿でも野茂投手の偉業を心から称えたいと思っていたのだが、それらの報道を見ながら、個人的に毒気に当てられてしまったところもあり、ここでは多少冷静に野茂投手の記録を見つめてみたい。野茂投手を取材する機会を得た一ファンの独り言だと思ってもらえればいい。
移り気した最大の原因は、一連の報道の論調があまりに通り一辺に思えたからだ。日米通算200勝という前人未踏の記録を達成したことで、日本人メジャー選手のパイオニアとして野茂投手の功績を称えるのは当然のことだと思う。だが多くのメディアが「球威も衰え往年の投球は陰を潜めたが、自分のスタイルを変えずに投げ続けている」と、お題目のごとく繰り返す論評を、どうしても受け入れることができないのだ。野茂投手の実情を表面的にしか捉えられていないのではないか。
確かに野茂投手は、昨年から苦しい投球が続いている。一昨年の右肩手術が影響してか、昨年は4勝11敗、防御率8.25と、メジャー最悪の成績に終わった。希望していたドジャースとの再契約も果たせず、デビルレイズとマイナー契約を結びゼロからの再出発を切るしかなかった。そして今シーズンも初戦で快投を演じたものの、その後は好不調を繰り返し、金字塔となった今季4勝目を挙げるのに計14試合を要した。
「ファンもチームメイトも応援してくれていた。もう少し早くクリアしたかったですけど、(達成できて)良かったです」
記録にはこだわりがないと繰り返していた野茂投手だが、どんな投手でも登板した試合はすべて勝つことを目指している。今季4勝目がここまで遅れたことに、自分なりに不甲斐なさを感じていたのだろう。
同時に、メディアもここまでも野茂投手の投球に疑問を感じていたのは事実だ。記録達成に3度失敗した6月10日のパイレーツ戦後、日本人メディアの中には首脳陣に対し野茂投手の先発残留を疑問視する質問をぶつける記者もいた。昨年から燻り続ける野茂投手の限界説はいまだに消えたわけではない。
しかし実際はどうか。今季の球速を見る限り、直球はマイル表示で86〜90を計測している。これは2年連続16勝した02、03年シーズン当時と変わりがない。確かに3年連続230奪三振を記録した1995〜97年当時ほど三振を奪っていないが、02年は193、03年177と、野茂投手らしい投球を続けていた。
そんな一連の報道の中、日刊スポーツの南沢哲也氏だけが、野茂投手の投球の“変化”をきちんと論証していた。2000年のタイガース時代に、チームメイトのアドバイスで上半身の筋力強化に目覚めたこと、それに伴い歩幅を狭くした投球フォームに変えたエピソードを紹介している。つまり球威が減少したのは野茂投手の肉体的なものというより、フォーム修正によるところが大きい。球威不足だけで、現在の野茂投手を評価するのは明らかに間違いなのだ。それは前述通り、02、03年の成績を見れば一目瞭然だろう。
「ノモに90マイルの直球は必要ない。とにかく彼の考え通りボールを低めに集めさえすれば、どんな打線でも抑えることはできる」
シーズン開幕して以来トビー・ホール捕手は、一貫して我々に同じ言葉を主張し続けた。さらに昨年まで野茂投手とバッテリーを組んでいたポール・ロデューカ捕手も、以下のような予言をしている。
「ノモの右肩はすっかり完治しているように見えた。あと数試合登板すれば、以前のような投球ができるようになると思う」
ロデューカ捕手の言葉を信じれば、昨年の野茂投手は右肩手術の影響を受けたが、今年は02、03年並の状態まで戻ってきているということだ。
「清原選手との思い出の対決?そういう話は引退してからします」
清原選手の通算500号本塁打について聞きにいった時もそうだったが、野茂投手は現役に拘る思いが強く、過去の話をするのを好まない。また本人にとって今季は、記録以上に以前のように投げられることを世の人々に証明したいという気持ちが強かったはずだ。日米200勝を含め野茂投手の偉業を賞賛するのは引退後でいいだろう。それよりも戦い続ける野茂投手の“現在”を見守り続けたいと思う。