レアル・マドリーの真実BACK NUMBER

ルシェンブルゴ効果が見えてきた。 

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木村浩嗣

木村浩嗣Hirotsugu Kimura

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photograph byGetty Images/AFLO

posted2005/01/26 00:00

ルシェンブルゴ効果が見えてきた。<Number Web> photograph by Getty Images/AFLO

 「何よ、あんた! 喜んでるんでしょ?」。

 私を大久保ファン=急造マジョルカファンと踏んだおばさんが、話しかけてきた。その嫌味な口調にレアル・マドリーファンの苛立ちがうかがえた。

 レアル・マドリー対マジョルカ戦は70分を過ぎ、1対1。引き分けの可能性もあった。

 が、大久保にも銀河系戦士にも特別な思い入れがない私は、明るく答えた。

「大丈夫だって、楽勝するって。こんな酷いチーム見たことないから」――。

 大久保は苦労しそうだ。

 マジョルカは今季ベルナベウに登場した最悪のチームであり、ほぼ間違いなく2部落ちするだろう。

 前半35分のフィーゴの先制ゴールで本来なら息の根は止まっていた。それが80分近くまで生き残れたのは、カシージャスのミス――壁とニアポストの間にシュートのアングルを残した、のおかげ。6-1、5-0でそれぞれ大勝したアルバセーテ戦、レバンテ戦でも、ここまで一方的な展開――たとえばボール支配率60%超、シュート数25対8――ではなかった。

 お粗末なマジョルカの欠点を挙げる。

 1.プレスへの意識の低さ:縦にも横にもラインが伸び切り、マーカーは後退するだけ。1対2の数的に有利な局面ですら誰も足元に飛び込まない。

 2.カバーリングの不在:ペナルティーエリア内でもオフサイドラインを維持する無意味な勇敢さ。結果的に、味方の背後にいるべき選手が横並びの位置になってカバーリングができず、1対1の状況を作ってしまう。

 3.マークミス:セットプレーで必ず誰かをフリーにする注意力の散漫さ。ショートコーナーで飛び出しが遅れ、ペナルティーエリア内ですら2対1の状況になっても誰も助けに行かない――。

 堅守のチーム作りで定評のある、エクトル・クーペル監督のチームとは思えない惨状だ。

 もちろん、以上のポイントに個々の技術の低さから生まれるトラップミス、パスミス(退場の引き金、ロナウドへボールをプレゼントした考えられないシーンはその象徴)、センタリングミス、シュートミス等が加わる。

 10人になったマジョルカは9人で守り、大久保にすべてを託したが、いくら人数を割いてもあれだけ戦略・戦術に穴があり、技術で劣り、メンタルが弛緩していてはどうにもならない。失点を避けられたのは偶然と幸運だけだったろう。

 と、これは“マジョルカの真実”ではなかった。

 レアル・マドリーに話を戻す前に、一言だけ大久保に触れておこう。

 2度ほどカウンター(らしきもの)ができそうになった。が、大久保は、サイドのスペースへ走り込みロングパスを呼び込む代わりに、足を止め、短いボールタッチを選択。そのチャンスの芽(らしきもの)をつぶしている。10人、守りであっぷあっぷの状況、引き分け狙い、時間稼ぎの必要性などの状況を考えると判断ミスだろう。とはいえ、次を見てみたい。

 こんな相手とはいえ、レアル・マドリーのプレーは明らかに良くなった。

 まず、ルシェンブルゴが胸を張るとおりチームはコンパクトになった。

 実は、このマジョルカ戦でルシェンブルゴはシステムを不動の「4-2-3-1」から「4-1-3-2」へ変更している。これはラウール、ロナウドの2トップの下に、ダイヤモンド型にフィーゴ(頂点)、グラベセン(底)、ベッカム(右)、ジダン(左)を配置するもの。

 中盤の底がダブルボランチ2人から1人(グラベセン)に減っているのだが、なぜかプレスの効きは逆に良くなった。2人がかりで駄目だったものが、なぜ1人でできるのか?

 その秘密は、前回のレポートでも触れたが、1.最終ラインが上がったことにより守備範囲が狭くなったこと、2.ボールへの集団の寄せ――ラインを維持しながら、ボールの方へ移動し数的有利を作る――が厳格に行われていること、3.守備への意識が高くなったことにある。右サイドでグラベセン+ベッカム、左サイドでグラベセン+ジダンが2対1で相手ボールホルダーを囲い込む光景など、今まではなかったものだ。

 3に関連して、以前よりよく走っている印象を与えるが、これは新監督が課す厳しいフィジカルトレーニングの成果というよりも、就任以来負け無し(国王杯は勝ち抜けなかったが、結果は引き分けだった)でチーム全体が自信を回復し、意欲的に攻守に取り組んでいる証拠だろう。フィジカルトレーニングの効果は、たったひと月で出るものではないからだ。

 もっと目に見えてわかりやすいルシェンブルゴの功績は、セットプレーにトリックプレーが増えたことだ。

 世界有数のキッカーが正々堂々とその技を披露するだけだったコーナーキックやフリーキックの場面で、今は敵を欺き得点しようという“銀河系らしからぬ”策略が透けて見える。もちろん、私はこれを大変いいことだと思う。

 マジョルカ戦では、ショートコーナーからの2対1、ニアポストへ囮(おとり)を飛ばしファーポストを狙う、前を囮にし後ろから走り込むなど、これまでついぞ目にしなかった多彩なバリエーションで楽しませてくれた。

 特に、キッカーの前に2人が立つスクリーンプレー――1.“スクリーン”がキッカーを隠し→キックの直前、敵の壁の間に入っていた選手が剥がれて“穴” を開ける→3.その穴を狙って蹴る、をベルナベウで目撃できるとは思ってもいなかった。ちょっと前までトリックといえば、“ロベルト・カルロスが蹴るフリをしてベッカムが蹴る(あるいはその逆)”のこと。私は、その落差に深く感動してしまった。

 マジョルカはあまりにも脆かった。その結果だけで結論づけるわけにはいかない。

 が、ルシェンブルゴの手腕によりレアル・マドリーに変貌の兆しが見えた。優雅なサッカー貴族たちは地に足が着いたサッカー選手へ、才能の寄せ集めは目的を持った戦うチームへ姿を変えようとしている。

 これから後半戦、バルセロナとの一騎打ちが楽しみになってきた。

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