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福藤豊 夢舞台への道。 

text by

神戸達夫

神戸達夫Tatsuo Kambe

PROFILE

posted2005/09/29 00:00

 「NHLは以前は夢のまた夢だった。でも、今は手の届くところに来ていると思う」

 日本人として史上初めてNHLチームと契約した福藤豊(23)=GK、前コクド=がNHLの夢舞台に立とうと米国の厳しいキャンプで奮闘中だ。

 福藤は、若手が参加する9月前半のサンノゼでのルーキー・トーナメントに、ロサンゼルス・キングズの先発GKとして出場した。対アナハイム・マイティダックス戦で37分出場2失点、対サンノゼ・シャークス戦で45分出場3失点(アイスホッケーの1試合は60分)と好成績を挙げた。ここで左膝の古傷を痛めたが大事に至らず、ロサンゼルスでのメーンキャンプに参加している。

 NHLは、カナダと米国にまたがる世界最高峰のプロアイスホッケー組織で、MLB、NBA、NFLとともに北米4大プロスポーツの一角を占める。

 2年契約を結んだロサンゼルス・キングズは1967年に創設。NHLチームとしては珍しく温暖地に誕生したチームながら、― '93年にプレーオフ決勝にも進出した中堅チームだ。

 8月9日のキングズとの契約以来、福藤への注目度は爆発的に高まった。8月11日、帰国時の成田空港。スポーツ紙、一般紙、さらにテレビカメラも「日本人で初めてNHLチームと契約した男」を出迎えた。

 「契約をしたことがNHLのリンクに立てることを保証するわけではありません。本当の戦いはこれからですが、不安はないです。むしろ乗り越えることが楽しみです」

 語る言葉には熱がこもっていた。

 福藤は苫小牧と並ぶ日本のアイスホッケー選手の二大産地、北海道釧路市で生まれた。

 小学校3年生のころアイスホッケーを始め、強豪校・景雲中に進み、高校は故郷を離れ仙台の東北高を選んだ。

 中学とは逆に強豪チームではない高校への進学だったが、ここで相手チームのシュートを多く浴びて鍛えられ、高校生として史上初のアイスホッケー日本代表となった。― '01年にコクド入りした後も、MLBで言えば2Aに当たるECHL(イースト・コースト・ホッケー・リーグ)のシンシナチ・サイクロンズに留学するなど、幼少時代からの「外」への志向は今も変わらない。

 その究極がNHLだった。

 「世界に出るまでNHLのことはよく知らず、あこがれはコクド。でも昨年4月、チェコでの世界選手権で世界のトップ選手のプレーを間近で見て、単純に格好いいと思ったし、同時に力の差を感じた。対等にやるにはNHL入りして鍛えるしかない。彼らと勝負したいという気持ちが強まりました」

日本人選手の中で、世界に通用する唯一の男。

 アイスホッケーは随所で選手が肉弾戦を演じるため、体格的に劣る日本人には不利で、NHL選手誕生は難しいと見られていた。しかし、相手選手に当たられることの少ないGKはこの限りでなく、「日本から初のNHL選手が誕生するとすればGK」とされてきた。

 所属チームのコクド、日本アイスホッケー連盟ともに福藤の将来性を見込んで、最初はリスクを覚悟で出場させるなど、早いうちから海外にアピールしてきた。その結果、福藤は「世界選手権で唯一トップレベルに通用した日本人選手」(コクド・岩崎伸一監督)に成長し、昨年6月のNHLドラフトでのキングズ指名に結びついた。「日本人で初めてNHLチームと契約した男」が誕生した背景には、当人のたゆまぬ努力もさることながら、日本アイスホッケー界全体のバックアップというサブテキストも見逃せない。

 ドラフト指名という大きな喜びがあったが、昨季は不運にも泣かされた。MLBで言えば3Aに当たるAHL(アメリカン・ホッケー・リーグ)のマンチェスター・モナークスとの契約だったが、NHL労使がサラリーキャップ(選手年俸総額制限)制度導入をめぐって10年ぶりのロックアウト(施設封鎖)突入で、あげくの果てに前代未聞のシーズン消滅。活躍の場を求めたNHL選手がAHLにあふれたため、福藤はさらに下のリーグであるECHLのベーカーズフィールド・コンドルズでプレーせざるを得なかった。

 「かなりラフなリーグだったので、ぶつかられて脳震とうを起こしたことが何度かありましたし、顔を切り、歯を折ったこともありました。どれも日本では経験したことのないことばかり。おかげでタフになりました(笑)」

(以下、Number637号へ)

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