「珈琲だけの店」と書かれたランブルの看板 ©Essei Hara

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アントニオ猪木は晩年ランブルにやってくるようになり、林不二彦さんが淹れるコーヒーを愛した / photograph by Essei Hara「珈琲だけの店」と書かれたランブルの看板 ©Essei Haraランブルの創業者・関口一郎さんの写真とアントニオ猪木が書した「ブラジルのコーヒー豆」の詩 ©Essei Haraローマの「カフェ・グレコ」を訪れた時の猪木。1988年1月 ©Essei Hara寡黙にコーヒーを淹れる林不二彦さん ©Essei Hara芸術を感じさせるポットからの湯のシェイプ ©Essei Hara林さんの妻・智美さん。手前はオリジナルのやかんやポット ©Essei Hara(右から)店主の林不二彦さん、妻の智美さん、スタッフの中西直人さんら ©Essei Haraこのテーブル席の一番奥に猪木は座ることが多かった ©Essei Hara猪木が1杯目に飲んだランブレッソ。濃くて冷たい ©Essei Hara「琥珀の女王」。上部にエバ・ミルクが注がれる ©Essei Hara今では使われないテーブルの灰皿 ©Essei Haraランブルのカウンター席の一番奥に座る猪木棚に並んだコーヒー豆 ©Essei Haraロースト前の生豆。少し緑色を帯びている ©Essei Hara焙煎されたコーヒー豆 ©Essei Haraランブルのカウンター席の一番奥に座る猪木猪木が1杯目に飲んだランブレッソ。濃くて冷たい ©Essei Hara猪木が2杯目として好んだブラジルの古木(コボク) ©Essei Haraランブルの創業者・関口一郎さんの写真とアントニオ猪木が書した「ブラジルのコーヒー豆」の詩 ©Essei Hara猪木の詩 ©Essei Haraローマの「カフェ・グレコ」を訪れた時の猪木。1988年1月 ©Essei Hara「琥珀の女王」上部にエバ・ミルクが注がれる ©Essei Haraエバ・ミルクを垂らした「琥珀の女王」 ©Essei Hara「珈琲だけの店」と書かれたランブルの看板 ©Essei Haraランブルは1948年に創業した ©Essei Hara入口のウィンドウに並ぶレトロなポットなど ©Essei Hara小さなコーヒーミル ©Essei Haraアントニオ猪木は晩年ランブルにやってくるようになり、林不二彦さんが淹れるコーヒーを愛した ©Essei Haraネルドリップ。グラインダーから取り出したばかりの豆に湯が注がれる ©Essei Hara小鍋に落ちていくコーヒー ©Essei Haraランブルの店主の林不二彦さん ©Essei Hara寡黙にコーヒーを淹れる林不二彦さん ©Essei Hara赤いポットからお湯が加減しながら注がれる ©Essei Haraカウンター内の林不二彦さんと妻の智美さん ©Essei Hara昔ながらの木の冷蔵庫。ランブレッソなどはこの氷で冷やされる ©Essei Haraブレンド・コーヒー ©Essei Hara白いポットからも湯が注がれる ©Essei Haraいつしかランブルの象徴のようになったステンドグラスのスタンド。台はコーヒーミルだ ©Essei Hara上の方にもステンドグラスがある ©Essei Haraグラインダーにかける前に豆の重さをはかる林さん ©Essei Hara芸術を感じさせるポットからの湯のシェイプ ©Essei Hara古い焙煎機だが、今も現役だ ©Essei Hara焙煎されて出てきたコーヒー豆 ©Essei Hara積まれたコーヒー豆の袋 ©Essei Haraロースト前の生豆。少し緑色を帯びている ©Essei Hara焙煎されたコーヒー豆 ©Essei Hara洋画家・麻生三郎の絵が壁にかかっている ©Essei Haraこのテーブル席の一番奥に猪木は座ることが多かった ©Essei Hara今では使われないテーブルの灰皿 ©Essei Hara豆を挽くグラインダー ©Essei Hara棚に並んだコーヒー豆 ©Essei Haraオリジナルのやかんやポット ©Essei Hara(右から)店主の林不二彦さん、妻の智美さん、スタッフの中西直人さんら ©Essei Hara

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