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内村航平が専念する“鉄棒”にはある秘密が? 530,000円の“竹輪バー”に詰まった技術と工夫とは
posted2021/05/16 17:00
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
AFLO
レジェンド、内村航平が専念する鉄棒は海外勢も称賛する“体操王国”日本のお家芸。だが美しい鉄棒が国内メーカーの技術力に支えられていることは、あまり知られていない。
今回取り上げるのは、1964年東京五輪にも器具を提供した「セノー株式会社」の鉄棒AA052062。国際体操連盟の公式競技認定品で定価税別53万円也。
競技会の鉄棒は、30年ほど前から竹輪のように穴の空いたバーが採用されるようになった。鉄棒は消耗すると負荷に耐え切れずに折れて勢いよく飛ぶことがあり、長く危険性が指摘されていた。バーに穴を空けてワイヤーを通すことで、飛ぶことを防いだわけだ。
ただし“竹輪バー”の製造には、高度な技術が求められる。セノーの国際イベント戦略室課長、山崎雅志さんが語る。
「太さ28mmのバーに直径9mmの穴を空けて6mmのワイヤーを通すのですが、これが難しい。バーの長さは2.3m。先に進むほどドリルの先端が揺れ、穴が大きくなる恐れがある。そうなると約1tの負荷がかかる大車輪には耐えられません。優秀な技術者でも10本中10本すべて上手くいくとは限らないのです」
セノーの鉄棒には世界唯一の機能がある。一般的なバーは、両端を串刺しにする形で左右の支柱と連結している。だが串刺し型では、バーのしなりが上下に長い楕円になるため、いびつな大車輪になってしまう。
「海外製と同じ動きの鉄棒もつくってください」
細部にこだわるセノーは、この課題をクリアした。決め手となったのが“双発機構”だ。
「25年ほど前のことです。自動車にも使用されるボールジョイントに似た“双発機構”を開発したことで、バーは360度、あらゆる角度にたわむようになりました。つまり弊社の鉄棒は、バーと支柱の連結部が肩関節のように自在に動くようになっているのです」
串刺し型と双発機構。見る人が見れば、大車輪中にバーが描く楕円の形はずいぶん異なるという。もちろんハイレベルな競技者になるほど、その違いには敏感だ。
山崎さんが苦笑まじりに語る。
「日本人選手の多くは幼いころから弊社の鉄棒になじんでいるので、海外で違う鉄棒を使うときに戸惑うこともあるそうです。ですから“海外製と同じ動きの鉄棒もつくってください”と言われることもあって……」
いいものをつくっても尽きない悩み。いずれにしろ、美しい日本の鉄棒はしなやかにたわむバーを抜きにしては語れないのだ。