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日本製の「砲丸投げの砲丸」はなぜ世界に選ばれるのか ルール変更に惑わされ辿り着いた“18000円”の球体の秘密
posted2021/05/02 11:01
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
Getty Images
私たち人類には、生き物の中で投げること、つまり投擲が上手いという特徴がある。走りや泳ぎでは負けても、投擲は無敵なのだ。
ということで2021年最初のハウマッチは、“人類のお家芸”投擲から砲丸をピックアップ。男子一流選手の多くが愛用するニシ・スポーツの『F251』は、税別1万8000円。直径125.5mmで重さ7.260kg、鋳鉄でできている。
ちなみに一般男子用の砲丸は7.260kgと重さが決まっているが、直径は110mmから130mmと、20mmの幅が許されている。同社では、その範囲内で大中小3種類の砲丸を生産。素材はすべて鋳鉄で、大は中心を空洞化(発泡系の軽い素材を詰める)、中は空洞なし、小は中心に重い鉛を入れることで重さを揃えている。
すでに半世紀以上、砲丸の生産を続けているニシ・スポーツだが、いつも業界の先頭を走り続けてきたわけではない。
同社の砲丸が脚光を浴びたのは、1996年アトランタ五輪。アメリカのバーンズが優勝し、「“ついにウチの砲丸で金メダリストが生まれた!”と社内が沸きました」と第一開発部マネージャーの木村裕次氏は振り返る。
最大の強みであった切削痕に唐突な規定
大本命バーンズが同社の砲丸を愛用したのは理由がある。表面に世界で唯一、「切削痕」が施されていたからだ。
「弊社では旋盤で砲丸を球体に削るとき、表面にらせん状の溝を残す加工をしていました。その切削痕のおかげで、“ひっかかりが良くて投げやすい”と好評を博しました。砲丸を遠くに飛ばすには、重心に向かって最後の最後まで指で押し出すことが重要ですから」
だが、2000年シドニー五輪の翌年から冬の時代が訪れる。「表面が滑らかでなくてはならない」という規則が唐突に定められ、最大の強みであった切削痕がNGとなったのだ。
だが一度沈んだニシ・スポーツの砲丸が、'07年世界陸上大阪大会を機に再浮上する。
飛ぶ砲丸には、完全な球体であることに加えて大切な条件がふたつある。重心が寸分の狂いなく中心にあること、そして指にひっかかることだ。ニシ・スポーツは、この2点、とくに後者を徹底して突きつめた。
「一流選手は一度触れただけで、良し悪しを判断します。一般的に金属は高強度のものが好まれますが、砲丸はそうでもありません。素材の感触を試行錯誤した結果、大阪世界陸上で表彰台を独占することができたのです」
以来、ニシ・スポーツは世界陸上、五輪の表彰台の最上位を一度も明け渡していない。