北京五輪的日報BACK NUMBER
大舞台に潜むもの。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byJMPA
posted2008/08/10 00:00
負けるはずがないところで負ける。
その理由にはいろいろある。コンディションの問題、ピーキングの失敗、過度の緊張などのメンタルの問題などだ。
9日に出場した柔道の2人、女子48kg級の谷亮子は準決勝で敗れ3連覇を逃し、男子60kg級の平岡拓晃は初戦となった2回戦で敗れた。
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本来ならこの2人はもっと上の成績を望まれているはずだった。
なのに敗れた。共通するのは消極性だった。
といっても中身は異なる。
平岡の試合が思い起こさせたのは、重圧にどう打ち克つかという、五輪のような大きな大会につきまとう課題だった。
試合では相手に先に仕掛けられた。自ら技をかけに行ったのは、1分3秒あたりの背負い投げくらいではなかったか。結局指導を取られ敗れたが、これまでの試合ぶりとはあまりに異なっていた。
平岡本人は、試合後、こう振り返った。
「プレッシャーはなかったです。流れを自分のものにできなかった。エンジンがかかるのも遅かったです」
だが言葉とは裏腹に、北京入りしたあとの平岡は、硬い表情が目立っていた。この日の試合でも、明らかに表情が変わって見えた。
ではそれだけの重圧がのしかかった理由は何か。
それは何といっても前任者の偉大であったことだ。
この階級は、野村忠宏が1996年のアトランタ以降、3連覇を達成してきた。平岡は4連覇を目指した野村にかわっての代表だった。期待されるのは金メダルのみである。
平岡は言う。
「野村さんのことは意識しないようにしていました」
意識しないようにせざるを得なかったということでもある。斎藤仁男子日本代表監督の次の言葉も物語る。
「『野村さんのほうがよかったと言われないようにしたい』と言っていただけに、本人は無念な気持ちでしょう」
かたや、野村と並ぶ3連覇に挑んだ谷亮子が準決勝でドミトルに敗れた試合も、両者指導を二つずつ取られたあと、残り30秒ほどで谷が指導をとられての敗北だった。
指導を自分だけが受けたとき、谷は一瞬驚いた表情をした。
その気持ちは分かる。国内で行なわれる試合であれば、日本の主審であれば、おそらくあそこで指導は受けなかったはずだからだ。
だが、国際大会での判定は、残念ながら主審によってぶれやすいものだ。その瞬間の印象で判断されることだって珍しくはない。
国際大会の経験が豊富な谷亮子であれば、それは熟知していたはずだが……。なによりも、消極的すぎた。勝利は引き寄せなければならないものなのに。巧みな駆け引きで国際大会で勝ち続けてきた谷は、駆け引きがすぎたのではなかったか。
ただ試合後、「審判の先生が判断したことなので受け止めています」ときっぱり語ったのは潔かった。
明日10日は、男子66kg級の内柴正人、女子52kg級の中村美里が登場する。内柴はアテネの金メダリスト、中村は初出場の19歳ながらハートの強さを感じさせる選手である。今日の結果でプレッシャーがかかると思うが、負の連鎖が始まらないよう、2人には期待したい。
以下は余談。
今大会が始まる前に盛んに言われていたのがチケット不足である。どの競技も完売、ネットで高値で転売されているといった情報が飛び交っていた。
では会場は満員だったのかと言えば、そうではなかった。
ウェイトリフティングは7割程度の入り、柔道は6割、競泳は8割といったところだろうか。空席が目立った。柔道はアテネよりも寂しさを感じさせるほどだった。
空席分のチケットはどこに眠っているのか。不思議である。