濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
五味隆典、三段重ねの復活劇。
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph bySusumu Nagao
posted2009/05/20 06:00
JCBホールは“広さ”よりも“高さ”が際立つ会場だ。バルコニータイプのスタンド席は奥に広がっていくのではなく、3層にわたって縦に積み上げられている。
リングサイドから最上階を見上げようと思ったら、首をほとんど直角に曲げなければいけない。そんな会場にギッシリ埋まった観客が前のめりに立ち上がり、拳を突き上げる姿は圧巻だった。物騒な話だが、そのまま雪崩のように落ちてくるんじゃないかという錯覚にさえ襲われた。
それほどの興奮を観客にもたらしたのは、5月10日の『修斗伝承FINAL』で行なわれた中蔵隆志vs五味隆典戦である。五味が修斗のリングに上がるのは、約6年ぶりのこと。PRIDEでスターになったものの戦極では連敗、窮地に立たされた彼は、11年前にプロデビューを果たした“故郷”を復帰の舞台に選んだのだ。とはいえ中蔵は現役の世界ウェルター級王者である。五味にとってはリスキーな選択でもあった。
五味の魅力が凝縮された勝利。
“里帰り”を祝い、復活を祈るファンの前で五味が繰り広げたのは“これぞ五味隆典”と言うべき闘いだった。圧力をかけ、フェイントで欺き、鋭く踏み込んでパンチを放つ。ジャブを被弾して後退する場面もあったが、闘志と技巧の歯車は一瞬たりともズレなかった。
2ラウンド終盤、執拗に打ち続けたボディブローで中蔵の足を止めると、左右の連打で五味が追い打ちをかける。続けざまの右フックとパウンドでレフェリーが試合を止めた時、敗者の体はロープの外にあった。五味は中蔵を、文字通り“ぶっ飛ばした”のだ。めったに見ることのできない、そして五味の魅力が凝縮された勝ちっぷりだった。
一度は屈辱にまみれた男が、かつてのホームリングで原点に立ち返り、再起を果たす。見事なドラマを完成させた五味の口からは、修斗への思いがあふれ出た。「総合は修斗が一番、そういう気持ちでやりました」。「去年の自分はおかしかった。PRIDE、戦極と“家出”してて訳が分からなくなってましたね」。
取り戻した“あの頃”の輝き。
だが実際のところ、修斗を主戦場にしていた時代の五味は、アグレッシブなファイターではあったもののこの日のような試合をすることは稀だった。タックルとパウンドで判定をものにするのが必勝パターンであり、KO(TKO)勝ちはわずかに2つ。「KOで勝つスタイルじゃないんでね」と語ってもいた当時の彼には、ランキングを上げること、ベルトを腰に巻くこと以外の価値観は存在しなかったのだ。
五味が派手なKOを連発するようになったのは、PRIDE参戦がきっかけだった。インターバルに遮られない1R10分(修斗は5分)のPRIDEルールで、彼は時間をかけて相手を追い詰め、その上で倒し切るスタイルを確立する。格闘技史上もっとも熱狂的な観客が集まっていたといっても大げさではない会場の雰囲気もあいまって、五味はPRIDEでKO勝利の喜び、ファンの歓声を浴びる快楽に目覚めたのではないか。
中蔵戦を見て「あの頃の五味が戻ってきた」と興奮したファンは多いはずだ。
“あの頃の五味”とはPRIDE時代の五味、リング上で「大晦日に判定はダメだよ。KOじゃなきゃ」と叫んでいた頃の“火の玉ボーイ”にほかならない。彼はこの日、「修斗」のリングに帰り、「戦極」での屈辱を払拭し、その上「PRIDE」時代の輝きをも取り戻したのである。JCBホールの最上階まで届く、三段重ねのぶ厚い復活劇だった。