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山本“KID”徳郁 神の子、再臨。 <後編>
text by
松井孝夫Takao Matsui
photograph byTakuya Ishikawa
posted2009/05/14 11:01
この3人が俺にすべてを叩き込んでくれた
――挫けそうになったときに、支えてくれた存在は。
「それは、自分自身だね。結局は自分で落ち込んで、自分で上がるしかない。俺、人にあんまり弱音を吐かないから。言いたいけど言えないし(笑)。痛いのは俺だから、他人に言ってもしょうがないと思ってる」
――欠場中に『DREAM』のゲスト解説をしていたとき、試合を観ながら「勉強になるね」と話していたのが印象的でした。KID選手のレベルでも、他の選手から勉強になることはあるんですか。
「なんかこう、素直にいいものはいいって、つい口に出てしまうんだよね。素直な方がより吸収できるし、習うときは素直にならなきゃダメって教えられてきたから」
――それは父親の山本郁榮(ミュンヘン五輪レスリング代表)さんの教えですか。
「うちの親父もそうだし、キックボクシングを教えてくれた、渡辺ジムの渡辺(信久)会長もそう。あとは小さい頃にレスリングを習った木口道場の木口(宣昭)先生。この3人が、俺に学ぶときの姿勢からなにから、すべてを叩き込んでくれましたね」
――今くらい強くなると、他の選手から学ぶ際に、プライドが邪魔をしませんか。
「そういうプライドを持つのは、試合のときだけでいいんじゃないかなって思う。練習は失敗できる場じゃないですか。でも試合で失敗したら、一気にやられちゃう。だから練習のときは、プライドを捨てる」
根性をつけるために、これまでも理不尽な練習をやってきた。
――渡辺会長の特訓は、厳しくて有名です。
「真夏に全部の窓やドアを閉め切って、ストーブをガンガンにつけて練習してたからね」
――それは減量のときに。
「いや減量じゃなくて。普通の練習でずっと」
――どんな目的で?
「根性をつけるためじゃないですかね(笑)。40度を超えるくらいの室温の中で、何も考えずにひたすらミット打ちを繰り返す。頭はボーッとしてくるし、終わったら顔が真っ赤になってゆでダコみたいだった。でも、会長は一日中ジムにいるわけだからね。今の若い奴らにそんなことをやらせたら、誰も来なくなっちゃうだろうね(笑)」
――今は理不尽な練習は嫌われますから。
「でも、終わった後は爽快だった。すごく強くなった気がするし。練習中に窓をちょっと開けるんですよ。真夏だから、本当だったら入ってくる風も暑いはずじゃないですか。でも、あまりにもジムの室温が高くなってたから、その外の空気がクーラーみたいに心地よかった」
――そうした特訓は、試合のときにどう活かされるんでしょうか。
「自信になると思う。それだけやってきたんだから、みたいな。相手に対する怖さもなくなるね」
格闘界に勢いがないなら、俺がこれから盛り上げるよ。
――5月26日の『DREAM9』で行われるフェザー級グランプリ2回戦は、'07年大晦日のハニ・ヤヒーラ戦以来、1年半ぶりの復帰戦になります。直前の今の気持ちは。
「もう、早くやりたい。すごく楽しみ。ケガの心配もあるけど……、とにかく楽しみで仕方がない。万全に用意して、面白い試合にしたいね」
――対戦が決定しているジョー・ウォーレン選手に関しては。
「一番、(試合展開が)どうなるのか分からない相手かな。何をやってくるのか分からないから」
――KID選手のライバルとして注目されていたチェイス・ビービ選手を開幕戦で破っています。'06年レスリング世界選手権グレコローマン60kg級の王者でもある。警戒すべき点はありますか。
「プレッシャーと力じゃないですかね。相手を引っ張るときの力が強そう。勝負はどうなるか分からないけど、自分のスタイルで戦えば、まあ大丈夫じゃないの。ガツガツいくよ」
――『DREAM』フェザー級グランプリは、誰がKID選手を倒すのか、という構図になっていますが。
「べつにいいよ。それでDREAMが盛り上がってくれるなら、大いに使ってくれって感じかな。その代わり、俺がおいしいところを持っていくから」
――日本の格闘技界は、かつてのような勢いがなくなってしまったように感じますが、KID選手はどう見ていますか。
「一般の人が離れているってことは事実なんだろうから、そう見られても仕方がないんじゃないの……。でも、俺は格闘技をやっている身だから、そんなに(勢いがなくなったとは)感じない。格闘家としては、試合を観ていても毎回、楽しませてもらってるし、参考にもなってる。もし、そんなに盛り上がっていないというのなら、俺がこれから盛り上げようかなって思うよ」
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