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ルイス・フィーゴ「若いもんにゃあ、負けられねえ」
text by
竹澤哲Satoshi Takezawa
posted2005/12/08 00:00
ポルトガル代表へ復帰したのは6月4日、リスボンのルーススタジアムで行われたW杯予選対スロバキア戦においてだった。左腕にキャプテンマークをつけたフィーゴが先頭でピッチに現われると、6万5000人の観衆から歓声がわき起こった。
だが、その一方で、長い留守をした父親を迎える子供がみせるようなとまどいの表情を見せる人も少なくなかった。その戸惑いはスタジアムだけのことではなく、試合前、インターネット上のブログには、復帰を疑問視する声が多数書き込まれていた。
C・ロナウドやデコが台頭したユーロ2004は世代交代を印象づけた大会だったし、サイドアタッカーならシモンもクアレスマもいる。これまでのように“ 黄金世代”に頼らなくても、ユーロ準優勝という財産を武器に戦っていけるのではないかという意見がその大半だった。決勝戦を前に引退表明したルイ・コスタを美徳と捉え、「単に引き際を逃してしまっただけ」と非難するものさえいた。
フィーゴ自らが代表引退をほのめかしたのはユーロ前。具体的な引退時期までは言及しなかったが、当然ユーロを花道に考えていると誰もが受け止めた。ところが、フィーゴは決勝戦後、それを覆す発言をした。
「負けた悔しさが癒えていないから、引退するかどうかは何とも言えない。静かな環境の中でゆっくりと将来のことを考えたい──」
2カ月後にW杯予選が始まったため、ポルトガルが優勝を逃した感傷に浸っている時間はなかった。就任以来、常にその存在を不可欠としてきたスコラーリ監督も、フィーゴ抜きで予選をスタートさせている。
ラトビア、エストニアと2連勝し、ポルトガルはW杯へ向けて順調な滑り出しをした。続く昨年10月、リヒテンシュタインにアウェーで引き分けるも、4日後にリスボンで行われたロシア戦では7対1と快勝する。サイドアタッカーのC・ロナウドが2得点、シモンが1得点、さらにトップ下のデコも1得点。もはや、フィーゴが代表に入り込む余地などないように思われた。
だが、指揮官がフィーゴ復帰を思慮し始めたのは、この序盤4戦を受けてのことだった。問題視したのはグループ最弱とされた小国リヒテンシュタインに引き分けたことだ。
「我々は決してあってはならないミスを犯してしまった。勝ち点3は絶対だった。予選は始まったばかりだが、勝ち抜くことがいかに過酷であるかをあらためて実感させられた」
前半2-0でリードしながら、後半に追いつかれた試合だった。若い選手たちの多いポルトガル代表の詰めの甘さ、弱点が露見した。もちろん、引き分けは国民にとっても大きな衝撃だったが、強豪ロシアに大勝したことで、人々には楽観ムードが漂っていた。ただひとり、指揮官を除いては──。
今年2月に行われたアイルランドとの親善試合ではユーロ以後、初の敗戦を喫した。この段階でスコラーリは、フィーゴを呼び戻すべく走り出す。3月には、サッカー連盟会長のマダイルと共に、フィーゴをマドリードに訪ね、代表復帰を打診している。
指揮官の思いに応えるように、フィーゴもその頃から、「僕はまだあと2年はやれると思っている。どこのポジションでもよいから、プレーしたい」と代表復帰を示唆しはじめた。
そして6月4日の復帰戦──。フィーゴを不可欠と考える指揮官と、英雄のカムバックを喜びながらも、どこか複雑な気持ちを拭い切れない人々の温度差が、ルーススタジアムでの光景につながっていたのである。
人々を納得させる上でも、フィーゴをいきなり先発させることは、リスクであったはずだ。スコラーリは2-0で快勝した試合後、「彼がどのように応えるか、私は分かっていた。だから私も彼と共にリスクを背負うことにしたのだ」と説明している。
その後、スコラーリは残りの予選すべてに、フィーゴをキャプテン、右サイドとして先発起用している。しかもW杯出場決定後のラトビア戦を除いては、すべてフル出場だ。今季、移籍したインテルでフィーゴがほとんどの試合に出場していることも考え合わせると、W杯本番でのメンバー入りは確定だろう。
すでにユーロで衰えを隠せなかったフィーゴを重用する理由は何なのか。その疑問へのヒントはスコラーリがW杯へ向けて語った抱負の中にあるようだ。
「選手に余計な重圧を与えたくないが、W杯での目標は決勝に残り、そして勝つことだ。だが、我々よりも明らかに優位に立っている国が2つある。ブラジルとアルゼンチンだ。彼らの強み、それは他のどの国よりも豊富なマテリアルを抱えていることに他ならない」
現在のポルトガルにあって、今のフィーゴはフランスのジダンでもなければ、チェコのネドベドでもない。グループに恵まれたポルトガルは、おそらくフィーゴ抜きでもW杯出場を決めただろう。
だがポルトガル代表の目標はW杯出場でなく、その優勝だ。フィーゴは絶対不動の軸でなく、駒のひとつ。高い目標を掲げるにあたって、優秀な駒はひとつでも多いほうがいい。それが経験を積み重ねた駒なら尚のこと──。
「僕が代表でプレーし続けてきて、代表よりもクラブの方がファンが多い時代もあった。でも、今のポルトガルには代表とファンとの間に素晴らしい調和が存在している。僕らを後押ししてくれるファンがあったからこそ、W杯出場を果たせたのだと思う」
W杯への切符を手にした直後、フィーゴはそうファンへの感謝を口にした。自身への声援が熱を帯びてゆくのを感じていただろう。その声の熱は、フィーゴの存在意義を国民が再び信じ始めた証に違いない。