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「私が生きているうちに東北勢の優勝は見られないのか」7年前、悲しい準優勝で思わず本音…仙台育英を変えた2年前「1-17」大敗
posted2022/08/26 17:11
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph by
Hideki Sugiyama
平成から令和にかけては仙台育英一強の様相を呈していたのだが、2003年、東北高校のダルビッシュ有の存在感だけは特別だった。
彼は圧倒的だった。
もしも、2003年の夏の決勝で、東北が木内幸男監督率いる常総学院に勝っていたとしたら……仙台育英と東北のパワーバランスに変化が見られたかもしれない。ダルビッシュにはその力があったが、残念ながら「木内マジック」の前に涙を流した。
私が生きているうちに東北勢の優勝は見られないのか…
以来、仙台育英は佐藤由規、1995年生まれの同級生3人である馬場皐輔、熊谷敬宥(共に現・阪神)、上林誠知(現・ソフトバンク)といった後にプロで活躍する選手たちを輩出していくが、この時期は、梅津晃大(現・中日)や佐藤世那といった、中学時代から仙台育英の系列校でプレーしていた選手たちが主力となっていた。当時、彼らの監督を務めていたのは須江航氏だった。
佐々木監督の傑作は2015年のチームだ。エースに佐藤世那、捕手に郡司裕也(現・中日)、平沢大河(現・ロッテ)らを擁し、決勝まで駒を進め、東海大相模と対戦する。ちなみに3回戦では花巻東(岩手)、準々決勝では秋田商という東北勢同士の戦いを制しての決勝進出だった。
決勝は東海大相模が優勢に試合を進め、仙台育英が食らいつくという流れ。8回を終えて6対6。打撃戦の末、勝負を決めたのは9回表の小笠原慎之介(現・中日)のホームランだった。またしても、決勝での敗北。
当時、私はこの敗戦を受け地元の河北新報に、メジャーリーグから広島に戻ってきた黒田博樹が好んで使っていた「耐雪梅花麗」(雪に耐えて梅花麗し)という言葉を引用して原稿を書いたが、もうしばらく耐えればきっと梅が咲くはずだ――という思いを込めたつもりだった。ただし、本音をいえばここまで優勝出来ないのだから、生きているうちに宮城県勢のみならず、東北勢の優勝は見られないかもしれないと思い始めていた。
忘れられない2年前の「1対17」大敗
その後、佐々木監督は2017年に部員が起こした不祥事の責任をとって退任することとなり、後任には系列の秀光中等教育学校の軟式野球部を全国優勝に導いた須江監督が就くことになった。もしも、仙台育英が系列中学の指導者に、OBの須江氏を据えていなかったら、仙台育英の歴史は変わっていたかもしれない。