濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
川尻達也の変貌。
~凡戦の中に見えた“その先”への意思~
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph bySusumu Nagao
posted2009/06/04 06:01
元MLBのスーパースター、ホセ・カンセコは醜態を晒した(彼は恋人であるマネージャーと来日し、トレーナーは帯同しなかった)。所英男は復活勝利に涙を見せ、山本“KID”徳郁はジョー・ウォーレンのタックルに苦しんで総合ルールでは7年ぶりの敗北を喫した。歓喜があり、落胆があり、時に失笑もあった『DREAM.9』(5月26日、横浜アリーナ)において、ファイターとして最も前進を果たしたのは川尻達也だろう。
彼はこの日、HERO'Sミドル級トーナメント2連覇の実績を持つJ.Z.カルバンと対戦、3-0の判定勝ちを収めたのだ。この勝利によって、川尻は今年限りで引退する魔裟斗とのK-1ルールでの対戦が決定的に。またライト級タイトルへの挑戦も濃厚となった。
熱い試合のジレンマを超えて。
試合内容自体は、決して鮮やかなものではなかった。殴り、組みつき、抑え込む、その繰り返しである。“目まぐるしい攻防”や“劇的なフィニッシュ”とはほど遠い、いっそ凡戦と言ってもいい展開。リング上に、ファンが期待していた川尻の姿はなかった。
かつての川尻は、“クラッシャー”の異名通り、誰が相手でも真っ向からの打撃戦を挑んでいった。常にファンを沸かせる、熱い試合をする男だった。ただ、そのスタイルが仇となって大事な試合で勝ちきれず、“主役候補”に留まってもいた。PRIDE時代には五味隆典との大一番で、DREAMではライト級GP準決勝のエディ・アルバレス戦で、彼は観客の興奮と引き換えに屈辱を味わっている。本人の言葉を借りれば、五味戦の敗因は「闘ってるうちに楽しくなって、打ち合ってしまった」こと。アルバレス戦では「イケる、と思ったところで甘さが出た」。
カルバンと対峙した川尻は、そんな“かつての自分”から脱却しようとしていた。観客が総立ちになる瞬間がないかわり、熱くなって打ち合い、墓穴を掘る場面もない。左フックを直撃されると、テイクダウンで局面の打開を図る。パンチの連打でカルバンが後退、ガードを固めた際にも、ディフェンスがおろそかになった下半身を狙ってタックル。隙のなさで知られるカルバンを、川尻は集中力で上回ったのだ。グラウンドでは、パウンドを叩き込む場面こそ少なかったが積極的にパスガードを狙っていった。2ラウンドにはマウントポジションさえ奪っている。
ケンカ屋からMMAファイターへ。
川尻から感じたのは、“その先”の局面に向かい続ける意思だ。打撃から組み技へ、インサイドガードからマウントへ。ピンチに慌てず、チャンスに焦らず、川尻はMMA(ミックスト・マーシャルアーツ)において、その先に何をすべきかを常に把握し、先手を打っていったのだ。この日の彼は、キレやすいケンカ屋ではなく、風格をたたえたMMAファイターだった。
強豪カルバンが相手だけに、完璧な試合運びができたわけではない。それゆえ、凡戦にも見えた。だが打ち合いに没頭せず、あらゆる局面を活用して相手に勝つスタイルへの変貌は、世界レベルで勝ち続けるためには絶対に欠かせないものだ。パンチ連打からタックルに、すなわち“その先”へと向かった時、川尻は“主役候補”からトップの座へと大きく歩を進めたのである。