スポーツの正しい見方BACK NUMBER
代表チームよりもJリーグ
text by
海老沢泰久Yasuhisa Ebisawa
photograph byTamon Matsuzono
posted2009/03/28 00:01
サッカーの日本代表の試合を見て、われわれは何を楽しめばいいのだろう。ジーコから、オシム、さらに岡田監督に代わって2年半にもなるが、ぼくにはいまだに分からない。
当初はワールドカップ予選を突破できるかどうかという興味があった。
しかし、最終予選A組の対戦がひととおり終わったいまでは、突破はほぼ確実ということが分かっている。オーストラリアと日本の実力が頭ひとつ抜けていて、バーレーン、カタール、ウズベキスタンとは差があることが明らかになったからだ。そして、予選を突破するにはA組で2位までにはいればいいのだから、突破はほぼ確実になったのである。したがって、テレビ局がどんなに煽り立てようが、そのことに対する興味はもうなくなってしまった。
では、彼ら代表チームのプレーを楽しめばいいのだろうか。
しかし、それはむずかしい。いまの代表のサッカーには美しさも驚きもないからだ。
それは、監督がジーコからオシムに代わったときから懸念していたことだった。オシム監督は「人もボールも動くサッカー」というスローガンを掲げ、ジーコ監督のときから代表選手をガラリと入れ替えた。一言でいえば、ジーコが好んだ個人技に長じたスター選手の集団から、無名だが監督のいうことをよくきき、走れと命じればいつまででも走っているような真面目な選手の集団に構成を替えたのである。個性のない集団といってもいい。つまり、もともと面白いサッカーのできるチームではなかったのだ。
それでも、スローガンどおりに人もボールも動いて試合に勝っていれば、代表戦の観客動員やテレビ視聴率が落ちるということはなかったろう。しかし、彼らはアジア選手権などの肝心な試合では勝てなかった。無能だの無策だのと口汚なく非難されたジーコが監督のときでさえチャンピオンになっていたというのに。
岡田監督のチームも基本的にはオシム監督のチームを引き継いでいる。だから、ただ走ってボールを動かすだけのつまらないサッカーであることは変わらない。2月のワールドカップ最終予選のオーストラリア戦でも、1月からキャンプをして5週間も準備したにもかかわらず、ヨーロッパのリーグ戦に出場して、試合の前日、前々日に来日したオーストラリアの選手たちに苦もなく引き分けに持ち込まれてしまった。つまり、オシム監督が人もボールも動くサッカーというスローガンを掲げて、真面目だが美しさも驚きも生み出せないチームにしてしまってから、何も進歩していないのである。
これなら、ヒイキにしているからいうわけではないが、アントラーズのサッカーのほうがよっぽど面白い。なかでも今年の開幕のレッズ戦における2発のカウンターは、まさに人もボールも動く美しくて驚きに満ちたサッカーの見本のようなゴールだった。声高にスローガンを唱えたりしなくても、美しく驚きに満ちたゴールが決まるときは、必ず人もボールも動いているのである。
むろん、だからといって代表の試合を見ないわけではない。ちゃんと見て、内田篤人の無事を祈っている。面白くも何ともない試合に毎回出させられて、そのうえ怪我でもさせられたらたまらないからだ。ぼくには、いまの代表なら、アントラーズのほうがずっと大事なのである。