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「ショックで、震えが止まらんかった」藤井将雄逝去の激震のなかで王ダイエーが挑む史上最大の決戦“ONシリーズ”「ちょっと辛かった…」 

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喜瀬雅則

喜瀬雅則Masanori Kise

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posted2026/08/31 11:05

「ショックで、震えが止まらんかった」藤井将雄逝去の激震のなかで王ダイエーが挑む史上最大の決戦“ONシリーズ”「ちょっと辛かった…」<Number Web> photograph by KYODO

藤井将雄のあまりにも早すぎる死がホークスの仲間たちに残した思いとは。そして否応なく、20世紀最後にして最大の決戦が訪れる

「風化させないよう、その出来事とか、その人に関わりの深い僕らが、やっぱり決めなきゃいけないことだと思っていて、すごく大きな仕事だと思っています」

 背番号15を、つけるのにふさわしい選手。

 藤井将雄という、立派に、最後までプロ野球選手としての矜持を忘れず、全力で生き抜いた、その生き様を知る城島が、斉藤が、若田部が、小久保が、次世代へ“藤井の魂”を伝えていかなければならないのだ。

そして20世紀最後の「ON決戦」が

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 2000年10月21日。藤井将雄の死から8日後。

 東京ドームの三塁側ベンチには、額に納められた藤井の投球シーンの写真が、その壁に掲げられた。ダイエー選手たちのユニホームには喪章が付けられ、打者のヘルメットには「藤井将雄 15」のステッカーが貼られていた。

 藤井の「右肩の骨」を若田部が忍ばせた“藤井ハリー”も、ベンチに座っていた。

 一緒に、戦いますよ——。

 ダイエーと巨人で争われる日本シリーズが、東京ドームで開幕した。

 王貞治、長嶋茂雄。巨人の9連覇を支えた両雄にして、昭和のプロ野球を代表するアイコンともいえる2人が、敵と味方に分かれ、監督として作り上げたチームが対決する。

 20世紀最後の日本シリーズとなる「ON決戦」に、日本中の注目が集まっていた。

〈つづく/次回掲載をお楽しみに〉

#1から読む
「王さんは、ジャイアンツの在籍をもうホークスで超えた」“巨人・王貞治”から“博多の人・王貞治”への32年…屈辱のスタートと苦難の道のりとは
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#26
「ショックで、震えが止まらんかった」藤井将雄逝去の激震のなかで王ダイエーが挑む史上最大の決戦“ONシリーズ”「ちょっと辛かった…」
#25
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#24
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#22
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#17
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#9
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#8
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#7
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「王さんは、ジャイアンツの在籍をもうホークスで超えた」“巨人・王貞治”から“博多の人・王貞治”への32年…屈辱のスタートと苦難の道のりとは

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