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「お前は日本シリーズでまた投げるんだ!」ダイエーリーグ連覇直後の悲劇…藤井将雄の死去の速報に「何が何だか…。何が起きたのか…と」

posted2026/08/31 11:04

 
「お前は日本シリーズでまた投げるんだ!」ダイエーリーグ連覇直後の悲劇…藤井将雄の死去の速報に「何が何だか…。何が起きたのか…と」<Number Web> photograph by Koji Asakura

リーグ連覇を果たした直後、藤井将雄が世を去り、ホークスに激震が。藤井を敬愛する斉藤和巳が当時を振り返る

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喜瀬雅則

喜瀬雅則Masanori Kise

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Koji Asakura

1995年シーズン、福岡ダイエーホークスの監督に就任して以来30年以上。王貞治の博多での野球人生は、もはやジャイアンツでのそれよりも長くなった。今や常勝軍団となったホークスだが、ここに至る道のりは決して平坦ではなかった。藤井将雄が不在のまま2000年リーグ連覇を飾った王ダイエー。だがそのわずか6日後に悲劇が。〈連載「博多の人・王貞治」第25回/つづきを読む

 斉藤和巳が先発した10月5日のロッテ戦、翌6日の同カードは連敗。優勝マジック「1」のまま、ダイエーは福岡へ戻り、7日のオリックス戦に臨んだ。

 藤井将雄の日産自動車九州時代の同僚で、1歳年下の左腕・金田政彦が、オリックスの先発投手だった。ダイエーの先発、藤井と2軍でともに汗を流した田之上慶三郎は、藤井より3歳年下ながら、指宿商からドラフト外で入団して、這い上がって来た苦労人。

 藤井がよく知る2人が、互いに譲らぬ投手戦は、0-0のまま迎えた6回、不振の1999年に毎日、藤井から励まされた小久保裕紀の31号先制弾が飛び出すと、その1点を守るべく、田之上が7回まで無失点で踏ん張った。8回からはその年、それこそ“藤井の後釜”としてセットアッパーの重責を務めた左腕・渡辺正和と39歳のベテラン右腕・長冨浩志の2人で1イニングをしのぎ、9回には守護神ロドニー・ペドラザがピシャリ。1-0で逃げ切り、王ダイエーは見事にリーグ連覇を飾った。

「藤井ハリー」とともに胴上げ

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 ドームが見える病室で、藤井はテレビで試合中継を見守り、胴上げを見つめた。

 ベンチには、藤井の背番号「15」をつけたユニホームを身にまとった、球団のキャラクター「ハリーホーク」のぬいぐるみが置かれていた。

 若田部健一が、その“藤井ハリー”を両手に抱えながら、歓喜の輪に向かって走った。

 普段はポーカーフェース、喜怒哀楽をあまり表情に出さない男が見せた、何とも珍しいシーンに映った。

【次ページ】 優勝を見届けた6日後に

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