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江川卓対小林繁は「1年目なら違う結果だった」若菜嘉晴が思い起こす“因縁の対決”と阪神での成長「江本孟紀さんはノーサインで投げてきて…」
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元永知宏Tomohiro Motonaga
photograph byKYODO
posted2026/08/17 11:02
阪神に移籍して江本孟紀(右)らベテラン投手の球を受け、若菜嘉晴(左)は大きく成長した。そんな若菜が見た小林繁と江川卓の直接対決とは
176球を投げて勝利投手になった江川は試合後に「人生最大の勝負のつもりで投げた。ここで負けたら、僕はずっと小林さんの下になってしまう」と語ったが、小林は「こういうことは早く終わってしまったほうがいいんです。野球生活の中で最大の煩わしさが終わった」と少し冷めたコメントを残している。
若菜がその試合をこう振り返る。
「あの試合、雨が降っていなかったらどうだっただろうか。後楽園球場じゃなくて甲子園だったら……と思いました。雨で足場が悪くて守備が乱れたし、小林さんも集中力に欠けていたように思います」
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古巣への思いを燃料にして、移籍1年目に力を出し切った小林に、もはや「打倒・江川」に燃えるところは少なかったのかもしれない。
「もし、1年目に直接対決が実現していたら、内容も結果も違ったものになっていたはずです。小林さんは江川にヒットを打たれて負け投手にはなりましたが、勝てる試合だった」
江川と小林の明暗
移籍1年目に273回3分の2を投げた小林は、シーズンオフにも休みがなかった。
「今のプロ野球選手はシーズンオフに休養を取って、トレーニングもしますけど、昔はそうじゃなかった。イベントだ、サイン会だと言って、いろいろなところに引っ張りだこで、練習をする暇もなかったと思います」
プロ2年目に16勝を挙げた江川は最多勝利。1981年には20勝を挙げて2年連続の最多勝利と、最優秀防御率のタイトルを獲得、シーズンMVPにも選ばれている。以降、引退するまで二けた勝利を続けた。
長嶋茂雄監督のあとに就任した藤田元司によって巨人は1981年にリーグ優勝を飾り、V9最終年以来8年ぶりの日本一になった。
“球界の盟主”を自認する巨人はセ・リーグの主役に返り咲き、江川は日本を代表するエースになったのだ。
〈つづく〉

