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江川卓とのトレードで「阪神に入って涙が出た」23年前に生前の小林繁が語っていたこと…「巨人を出されたのが、不思議でしょうがないよ」
posted2026/08/16 11:00
江川卓とのトレードで阪神に移籍した小林は驚異的な成績を収めたが、自分では移籍と両チームのことをどう考えていたのか?
text by

元永知宏Tomohiro Motonaga
photograph by
Bungeishunju
「江川トレード事件」、「西武ライオンズ誕生」、「箕島高春夏連覇」、「江夏の21球」……このすべてが起きたのが1979年である。今にして思えば、日本野球界の新たな勢力図の兆し、そしてスポーツ文化の変容の萌芽がこの年に見えていたとも言える。1980年『Number』創刊の前年、日本野球界の地殻変動を関係者への取材で振り返る大型連載! 江川の巨人入団のためトレードされた小林繁。生前の彼が語っていた貴重な肉声を紹介する。〈連載『日本野球1979』第10回「江川トレード編」/つづきを読む〉
1952(昭和27)年、鳥取県生まれの小林繁は野性味あふれるプロ野球選手の中で異彩を放っていた。身長178センチ、体重65キロと細身ながら、フォームはダイナミックで、アンダースローから投げ込むストレートは力強かった。端正なマスクで女性ファンの人気も集めていた。
プロ6年目の1978年が終わった時点で通算62勝をマークし、読売ジャイアンツ投手陣のエース候補のひとりだった。
その秋、巨人がボイコットしたドラフト会議で江川卓の交渉権を獲得した阪神タイガースは、金子鋭コミッショナーから「阪神と巨人で移籍交渉を行うように」と要望を受けても、当初は「相手が王貞治でもトレードには応じない」という姿勢を見せていた。
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しかし、交渉期限直前になって急転直下、阪神が江川のトレード相手として指名したのが小林だった。それまでの実績に加え、26歳という若さと将来性を買われたのだ。
23年前、生前の小林が語っていたこと
今から23年前、筆者は当時50歳の小林にインタビューを行い、阪神と巨人との違いについて聞いた。30歳で現役を引退した小林は、プロ野球の世界から離れて福井県でゴルフ関係の仕事についていた。
タバコをうまそうにくゆらせながら、自身が所属したふたつの名門球団について2時間ほど話してくれた。ピッチング同様、その語り口には外連味がなかった。

