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「小林繁さんはモテますよ。本当に卑怯だなと(笑)」女房役・若菜嘉晴が見た阪神“小林フィーバー”の日々「仲間も小林に勝たせたい、と奮起して」
posted2026/08/17 11:01
79年、阪神に移籍した小林は実力はもちろん、スタイリッシュな佇まいでも人気を集めたという
text by

元永知宏Tomohiro Motonaga
photograph by
Bungeishunju
1979(昭和54)年1月31日、読売ジャイアンツのキャンプ地である宮崎に向かう飛行機に乗る直前、小林繁はひとり引き留められ、阪神タイガースへのトレードを通告された。「空白の一日」に巨人と契約した江川卓の代わりに阪神でプレーすることになったのだ。
前年の11月に阪神への移籍が決まった若菜嘉晴は、高知県安芸市でのキャンプに臨もうとしていた。
移籍組を温かく迎えてくれた江本孟紀
「小林さんは確か、キャンプの初日から10日ほど遅れて安芸にやってきたように思います。選手会長の江本孟紀さんが『みんなの歓迎会をやろう』ということで仕切ってくれて、九州から来た僕たち4人と小林さんを温かく迎えてくれました」
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法政大学、社会人野球の熊谷組を経てドラフト外で東映フライヤーズに入団した江本は南海ホークスで4年間プレーしたあと、江夏豊との交換で1976年に阪神に移籍。二けた勝利を挙げてエースとして活躍する江本には、他球団から来た選手の気持ちがよくわかっていた。
「その時、小林さんに初めて会ったんだけど、ただものじゃないと思いました。駅からグラウンドまでずっとファンの人たちが並んでいるんですよ。小林さんをひと目見ようと。『すごい人気だな』と思いました。
当時のプロ野球選手の中では細身でスタイリッシュ、僕たちが見てもカッコよかったですね。人気もすごかったけど、実力もあった。あの江川の身代わりで阪神に来たということで悲劇のヒーロー扱いをされました。女性ファンが一気に増えたんじゃないですか」
当時25歳の若菜には、長く正捕手としてマスクをかぶってきたトレード相手の田淵幸一の後釜としての期待がかけられていた。すなわち、小林の女房役という役割も同時に期待される。


