プロ野球PRESSBACK NUMBER

「エースを作るから、江川卓のケツについてくれ」長嶋茂雄監督の命令に呆然…当事者が振り返る江川トレード事件「俺がエースじゃないのかよ!?」

posted2026/07/31 11:02

 
「エースを作るから、江川卓のケツについてくれ」長嶋茂雄監督の命令に呆然…当事者が振り返る江川トレード事件「俺がエースじゃないのかよ!?」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

1979年、巨人の開幕投手としてエースにふさわしい投球を続けていた新浦壽夫。だが長嶋監督から思いもよらぬ命令が……

text by

元永知宏

元永知宏Tomohiro Motonaga

PROFILE

photograph by

JIJI PRESS

「江川トレード事件」、「西武ライオンズ誕生」、「箕島高春夏連覇」、「江夏の21球」……このすべてが起きたのが1979年である。今にして思えば、日本野球界の新たな勢力図の兆し、そしてスポーツ文化の変容の萌芽がこの年に見えていたとも言える。1980年『Number』創刊の前年、日本野球界の地殻変動を関係者への取材で振り返る大型連載! 江川入団をジャイアンツのエースはどう受け止めていたのか?〈連載『日本野球1979』第2回「江川トレード編」/つづきを読む

 読売ジャイアンツの選手たちと一緒に乗るはずだった飛行機に、小林繁は搭乗しなかった。

 小林は1952(昭和27)年生まれ。由良育英(鳥取)から社会人野球の全大丸を経て、1971年のドラフト会議で読売ジャイアンツから6位指名を受け、翌年11月に入団している。

 年齢は新浦壽夫が1歳上、入団時期では4年の開きがある。

ADVERTISEMENT

 高校を中退してプロ野球入りした新浦が一軍登板を果たしたのはプロ3年目の1971年。社会人経由で入団した小林は、プロ1年目の1973年10月に一軍マウンドを経験している。

よく似た成長曲線を描く新浦と小林

 1974年の新浦の成績は、26試合に登板して7勝6敗1セーブ、防御率2.63。小林は44試合に登板して8勝5敗2セーブ、防御率2.42。長嶋監督1年目の1975年は、新浦が37試合登板で2勝11敗、防御率3.33。小林が28試合登板で、5勝6敗、防御率3.31だった。ふたりが置かれた状況や成績はよく似ていた。

 巨人がセ・リーグを制した1976年をきっかけに大きく飛躍したというのも、ふたりの共通点だ。

1976年
 新浦 50試合登板 11勝11敗5セーブ 防御率3.11
 小林 43試合登板 18勝8敗2セーブ 防御率2.99

1977年
 新浦 44試合登板 11勝3敗9セーブ 防御率2.32
 小林 42試合登板 18勝8敗7セーブ 防御率2.92

1978年
 新浦 63試合登板 15勝7敗15セーブ 防御率2.81
 小林 43試合登板 13勝12敗2セーブ 防御率4.10

 ふたりとも3年連続で二けた勝利を挙げていた。勝利数では小林が上回っていたが、実績に大きな違いはない。しかし、阪神にトレードされたのは新浦ではなく、小林だった。

【次ページ】 普通だったら出さないでしょう

1 2 3 NEXT
#読売ジャイアンツ
#阪神タイガース
#江川卓
#小林繁
#新浦壽夫
#長嶋茂雄

プロ野球の前後の記事

ページトップ