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「監督に向いてないね」王貞治に直言した張本勲、“監督就任”が消えた日…生前に本人が明かしていた“なぜ固辞したか?” 天才の孤独を元同僚は見た
posted2026/10/03 11:04
張本勲はなぜプロ野球監督にならなかったのか
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岡野誠Makoto Okano
photograph by
AFLO
張本勲にその気はあった。だから、現役晩年にベンチで総監督のように振る舞ったのだろうし、引退会見で「サイドから野球を見てみたい」と語ったと思われる。
監督・王貞治の苦悩を見た…
なぜ、張本は心変わりをしたのか。
それには、親友である王貞治の存在がある。張本は著書で王について、こう綴っている。
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〈監督として不向きではないか、と見ている〉(10年4月発行/『ON論』)
ある時に、面と向かって〈監督に向いてないね〉と私見を述べると、王は〈ハリの言うとおりかもしれないな〉と答えたという。どうして、張本はそう感じたのか。解説者に転身した82年、ビッグ1は巨人の助監督を務めていた。現役時代から完璧主義で、その思考は指導者になっても変わっていない。張本は取材を通じて、そう気付いた。
84年、王は監督に就任すると、身長191センチの駒田徳広に長距離砲として期待をかけ、荒川道場に通わせた。王は駒田がレフト前に流し打ちのタイムリーを打っても、「今の球はライトスタンドに運べた」と怒った。完璧主義の王について、張本はこう感じていたという。
〈王にできても、他の打者には不可能な場合がほとんどなのである〉(前掲『ON論』)
同時に自分を顧みると、張本もまた完璧主義者だった。
2人は現役時代、バッティングを徹底的に追求した。何かが閃けば、夜中に布団から飛び出して素振りを始めた。1試合3発を放っても、4安打を打っても、決して満足しなかった。翌日になれば「今日は打てないかもしれない」と不安になり、練習を繰り返した。
自分がパーフェクトを追求する分には問題ない。だが、それを選手に要求しても、王や張本のようになれる人材は一握りもいない。王は巨人の監督として、5年間でリーグ優勝1度に終わる。在任中、選手時代には想像できないほどのバッシングの嵐に晒された。
〈あの世界の王でも、やられたのだ。封筒の中にカミソリが入っていたり、2年くらい苦労している。先日も王に会ったとき、「オマエは元気でいいな。私もミスターもこんなヒドい目にあったんだ」と言っていた〉(09年10月発行/著書『イチロー論』)

