甲子園の風BACK NUMBER
「野球観、人生観を変えてくれた」箕島との“延長18回”を星稜・山下智茂監督はどう戦ったか…サヨナラ危機で出た奇跡のプレーに「私もびっくり」
posted2026/09/09 11:04
劇的な展開が次々と起きたゆえに「史上最高の試合」と呼ばれる星稜対箕島の延長18回を、当時の星稜監督・山下智茂が語った
text by

元永知宏Tomohiro Motonaga
photograph by
Sankei Shimbun
1979年夏、甲子園の舞台で箕島に挑む星稜。両校のエースが投手戦を繰り広げ、延長戦にもつれこんだ試合を山下智茂監督が振り返る。〈連載『日本野球1979』「箕島春夏連覇編」全4回の2回目/つづきを読む〉
1979(昭和54)年8月、星稜の監督として指揮をとった山下智茂は34歳だった。
「僕の野球観、人生観を変えてくれたのがあの延長18回でした。いいゲーム、ライバルとの出会いによって、人間は大きく成長していきますからね」
星稜の先発はエースの堅田外司昭、箕島はもちろん石井毅だった。
アンダースローの石井の攻略法とは?
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この年が明けた時点で「打倒・箕島」「打倒・石井」を掲げた山下は、石井攻略法を温めていた。
「アンダースローのボールをどうやって打つかということを研究しました。バッターボックスの前寄り、ベースに近づいて立って、デッドボール覚悟で打ちにいく。石井くんはアンダースローだけど、ボールに勢いがある。だから、流そうとしたらファウルになるんです」
当時の動画を確認すると、石井のストレートの球速表示は120キロ程度だが、実際は違ったという。
「いやいや、145キロくらいは出ていたんじゃないですか。だから、セカンドの頭を狙ったら振り遅れてファウルになる。キレがあって、バッターの近くでピュッと伸びてきました」
先手を取ったのは星稜だった。4回表に五番・堅田のレフト前ヒットで1点を先取。その裏、箕島は六番・森川康弘のライト前ヒットで同点に追いつき、1対1のままで9回が終わった。

