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ぶら野球BACK NUMBER
「テレビ生放送で落合博満がいきなり…」40歳落合の巨人FA移籍は事件だった…ナベツネ「ウチなら5億円出す」原辰徳は不快感「落合さんは筋違い」
text by
中溝康隆Yasutaka Nakamizo
photograph bySankei Shimbun
posted2024/10/08 11:00
1993年12月、年俸約4億円の2年契約で巨人入団を発表した落合博満(当時40歳)。このFA移籍は“事件”だった
まるで、この頃の背番号8には直属の上司から見切られ、転職組にポジションを奪われる窓際社員のような悲壮感すらあった。落合のFAへのスタンスもチームの優勝が遠のいたペナントレース最終盤になるにつれ、「興味がない」から、「今はシーズン中だから考えてない」へと微妙に変化。労働組合日本プロ野球選手会から脱退したにもかかわらず、マスコミを通してことあるごとに年俸上限などFA制度の不備を指摘した落合に対して、前会長の原は「落合さんがFA宣言をするのは勝手だけれど、組合員の資格を放棄したのに、FA制度についてとやかく言うのは筋違い」と珍しく不快感を露わにした。
信子夫人「1対1のトレードはあり得ない」
「FA制導入で巨人の四番は落合」(週刊文春1993年10月7日号)、「落合を七億五千万円で買う巨人軍選手の『メンツ』」(週刊新潮1993年11月11日号)、「球界ぐるみで策謀する『巨人軍改造計画』をスッパ抜く」(週刊現代1993年11月13日号)と、秋には各社の報道合戦も過熱していく。シーズン終盤には長嶋監督と親交が深い深澤弘アナウンサーが“仲介”で動き、落合にFA宣言の有無を確認済みという記事も目立った。その渦中に、桑田真澄とのトレード話が日刊スポーツの一面で報じられると、信子夫人はすかさず週刊誌のインタビューに登場して、こう笑い飛ばしている。
「桑田君じゃ相手に不足だっていってるわけじゃないよ。おっ母が余計なこといって、また落合がブッつけられでもしたら大変だし、問題になっちゃいけないからね。だけど、考えてもみてごらんよ。ウチの父ちゃんは、4対1のトレードで中日に迎えられた男なんだよ。それを軽々しく、相手が誰にせよ、1対1のトレード相手にされたくはないわ」(週刊ポスト1993年11月5日号)
そして、言うのだ。「FA宣言期間になったら絶対に落合に注目してなさいよ」と。すると、“ナガシマの恋人”とまで呼ばれたバットマンは、小学校に進学する子どもの教育問題で東京行きを望んだ信子夫人の熱心な後押しもあり、ついにひとつの決断を下す。
11月6日、宮崎市営球場で行われたセ・リーグ東西対抗の試合前、長嶋監督と並んでツーショットに収まった落合は、翌7日の日曜夜、テレビ朝日系の『スポーツフロンティア』に生出演して、FA宣言することを表明するのだ。
<後編に続く>