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吉田輝星の弟が涙「次は死に物狂いで」金足農“その後”「伝統を一変させる、が正解なのか?」「髪は五厘刈り…選手が決めた」変革に揺れる今
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byKei Nakamura
posted2023/11/25 11:03
金足農業のキャプテン・高橋佳佑(左)とエース・吉田大輝
地獄の合宿は廃止も…
金農と言えば、かつては五日間程度の日程で行われる「地獄の田沢湖合宿」が冬の名物だった。年明け、秋田県内でもっとも雪深いところの一つ田沢湖で、朝5時半から夜までひたすら体力トレーニングを行なうのだ。最終日、最後のメニューが終わると、感極まった選手たちは涙を流した。吉田輝星らの時代は場所を変えて実施されていたが、現在は、その合宿自体もなくなった。
だが、冬のトレーニングの量と質がものを言うことを身を以て知っているコーチの高橋佑輔は「この冬は、地獄を見てもらいますよ」と不敵に笑った。
牙も取り戻すつもりでいる。現キャプテンの高橋佳佑は言う。
「兄の代の選手たちは、よくうちに遊びにきていたんですけど、輝星さんとかはちょっと怖くて、話しかけられませんでしたね。でも、自分もそこを目指しているんで。あのオラオラ感というか。今のチームは、絶対に自分が決めてやるというタイプの選手が少ない。根は負けず嫌いな選手が多いんですけど、その表現の仕方がわかっていないんだと思います。なので、そこをうまく引き出せたらなと思っています」
不変と変化の狭間で…もがく今
佳佑が言ったように、私も「もう二度と、あんなことはないんじゃないか」と思っていたクチだ。あの夏の出来事は取材をすればするほど、本当にいろいろな偶然が奇跡のように折り重なっていた。
ところが、この秋、金農が県大会で優勝したという報せを受け、また、あの奇跡が目撃できるのではないかと居ても立ってもいられなくなり、東北大会に駆けつけた。だが、伊藤にこう窘められた。
「まだまだっすよ。来るの、まだ早いって」
金農は令和という時代の中で、もがき苦しんでいる。まだ、新たなスタートを切ったばかりの段階だった。
金農の野球は、慶応の野球とは正反対のようにも見える。でも、2018年の金農に関しては、これだけは確信を持って言うことができる。ルートは違えども、たどり着いたところは慶応とまったく同じだった。なぜなら、近年の甲子園で、吉田輝星たちほど楽しげにプレーしている選手を見たことがなかったからだ。
高橋佳佑や吉田大輝が、彼らなりの道を見つけたとき、きっと兄たちの背中が見えてくるはずだ。そして、客観的にどう映ろうとも、それこそが金農流の「エンジョイ・ベースボール」になる。