Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
<W杯に続く頂点を目指して> なでしこジャパン 「世界女王が踏み入れた“未知の領域”」
text by
河崎三行Sangyo Kawasaki
photograph byTsutomu Kishimoto
posted2012/07/10 06:02
澤抜きでアメリカなどの強豪と渡り合えたという自信。
若手FWの菅澤と高瀬はそれぞれデンマーク戦、アメリカ戦で得点を決めた。しかしデンマークは日本との実力差がありすぎたし、高瀬は不慣れなボランチで起用された時間帯が長かったこともあり、持ち味を十分に生かせていたとは言い難い。大会前に脚光を浴びていた18歳の京川舞も含め、彼女たち3人はもう少し追試が必要なのではないか。
第2の収穫は、主力選手たちの戦術的完成度がさらに上がっていたことだろう。ことに攻撃から守備に切り替わった時、各選手が一斉にポジションの修正を行ない、連動したプレスをかける準備に入っていく様は圧巻だった。
そして何より、澤抜きでアメリカやドイツといった強豪と渡り合えた事実。なでしこの選手たちにとって自信となっただろうし、澤以外の選手も高いレベルにあることを諸外国に印象付けた意義は計り知れない。
手詰まりになった状況を打破できる“切り札”の必要性。
もちろん、課題もなかったわけではない。
現在のなでしこは、劣勢を強いられた場合でも試合中に選手自身で修正する能力を備えている。しかしドイツ戦の前半ではずるずると押し込まれたまま、なかなか流れを変えることができなかった。オフ明け早々で試合勘がまだ戻っていないことが原因だと思いたいが、あるいはこれこそ、澤の不在による影響の最たるものだったのかもしれない。
攻撃が手詰まりになった時、切り札として状況を打破できるタイプの選手をポルトガルで発掘できなかったのも残念だ。今回のメンバーでいえば、本来なら木龍七瀬にそうした役割が期待されていた。日本はおろか世界でもなかなかいない、テクニックとスピードを兼ね備えたレフティー。しかし体調が思わしくなかったため、わずかしかプレー時間を与えられなかったのである。もっとも、彼女の出場を一番望んでいたのは、決勝後に「木龍のプレーはもう少し見てみたかった」と語った佐々木監督本人。アピールのチャンスはまだ残されているだろう。
五輪の決勝トーナメントにピークを持って行くことの難しさ。
そして、現時点で最も懸念していること。オリンピックを前にして、これほど女子代表が世間の期待と注目を集めたことは、過去にない。そして今回のアルガルベカップ参加を始め、オリンピックを前にして、これほど日本協会が女子代表のために充実した強化スケジュールを組んだことも、過去にない。そんなかつてない環境の中で、知らず知らずのうちにチームの肉体的、精神的なピークを五輪本番、さらに細かく言えば決勝トーナメントよりも早く迎えてしまったりはしないか。
アメリカのような世界制覇の常連ならば、過去の経験から調整ペースが割り出せるはずだが、なでしこにとってはすべてが未知の領域。正解は誰もわからない。そこが、新米チャンピオンの辛いところである。
とはいえ、ロンドン五輪はまだもう少し先の話だ。シーズン初頭の段階で、ポルトガルを舞台に選手やチームの現状を把握できた10日間。なでしこジャパンにとって今回のアルガルベカップは、オリンピックに向けての貴重な試金石となった。