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「三笘薫や堂安律、久保建英は素晴らしいが…」杉山隆一81歳が語る“日本サッカーの未来”「ミドルパスの精度が低い」「もっと個性を磨かないと」
posted2023/04/10 17:22
text by
田中耕Koh Tanaka
photograph by
Koh Tanaka
2022年12月6日。時計の針は午前3時に近づこうとしていた。カタールW杯の決勝トーナメント1回戦。日本とクロアチアの一戦は、1-1のままPK戦へともつれ込んだ。日本は1人目の南野拓実、2人目の三笘薫が連続で失敗。3人目の浅野拓磨は決めたが、4人目の吉田麻也のキックもドミニク・リバコビッチにストップされる。その後クロアチアの4人目が成功し、敗退が決まった。
静岡県藤枝市の自宅でテレビ観戦していた杉山は、思わず虚空を見上げた。
「実際にPKを蹴った人間じゃないと、あの気持ちはわかんないんだよ……」
「PKは運という人もいるが、そうじゃない」
時は60年前の1962年秋。忘れられない敗北が、杉山の脳裏に焼き付いている。明治大1年の時、全日本大学選手権準決勝で中央大と激突した。左ウイングでスタメン出場し、PKの場面が訪れた。これまでは4年生が蹴っていたが、「おまえが蹴れ!」と先輩に言われ、杉山に命運が託された。相手のGKは、第1回アジアユースのチームメート。四股を踏んでプレッシャーをかけてきた。杉山は完全に雰囲気に呑まれてしまった。右足で放ったボールはGKの正面へ。この瞬間、明治大の優勝が消えた。
「PKは運という人もいるが、そうじゃない。GKとの心理戦、己との闘いに勝たなければいけないし、短い距離とはいえゴールの枠へ蹴る技術も必要。繊細で緻密な練習が重要なんだ」
テレビを見つめる杉山の瞳にはピッチに崩れ落ち、号泣する選手たちが映っていた。森保ジャパンは目標のベスト8進出は果たせなかったが、ドイツ、スペインとW杯優勝国を撃破して決勝トーナメントへ進んだ。
「大会前は誰もドイツとスペインに勝てるとは思わなかったんじゃないかな。それを破ったというのは、日本が成長している証拠。PKも各々が場数を踏み、精度を上げていければ勝てる確率は高くなるだろうね」
杉山は日本の健闘を称えた後、ゆっくりと窓の外に視線をやりながら、カタールW杯のポイントを語り始めた。