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「結婚するの? しないの?」“5年生存率50%”以下の難病から復帰したプロスノーボーダーが恋人から突きつけられた条件「離婚届か、履歴書か…」 

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雨宮圭吾

雨宮圭吾Keigo Amemiya

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photograph byHideki Sugiyama

posted2024/01/26 11:02

「結婚するの? しないの?」“5年生存率50%”以下の難病から復帰したプロスノーボーダーが恋人から突きつけられた条件「離婚届か、履歴書か…」<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

難病を克服し、社会貢献活動に邁進する荒井daze善正氏

 手術を受けて雪上に復帰してからというもの、気ままに滑り倒していたDAZEはある日、彼女に問いただされた。

「結婚すんの? しないの? いや、いいんだけどさ。私まだ次に行けるから、はっきりしてもらっていい?」

 というかな~り強めの確認があり、骨髄移植から約1年後、2人は晴れて結婚した。

「一応プロポーズは移植前にしてたんですよ。ちゃんと指輪も渡してました。でも骨髄移植が終わって冬になったら好き放題に滑り倒してたので、そんなふうに言われてしまいました(笑)」

 夫人は今もDAZEの活動を支えてくれている。SNOWBANKを立ち上げて数年後、大きな赤字を出した際にも「本当に素晴らしい活動だから続けたほうがいい」と強く背中を押してくれたという。

離婚届か、履歴書か…

 ただし、一つ条件を出された。

「プロスノーボーダーとSNOWBANK、どちらも続けるなら離婚届か履歴書どっちか書いてね」

 履歴書の方を選んだDAZEは、それから大手保険代理店の面接を受けて採用された。そこでは順調に成果を残していき、店長を任されるまでになった。SNOWBANKの活動が忙しくなると続けられなくなったが、その時の経験を生かし、今でもDAZEは別の会社でライフプランニングや発達障害児童の進路相談を行なっている。

 SNOWBANKの方もどんどん広がりを見せ、DAZEはDAZEBANDという自らのロックバンドを率いて、音楽方面にも進出している。代々木公園でのスノーボードイベントと同様に、新規の献血・骨髄ドナー獲得のためには「献血・骨髄バンク“らしくない”場所に飛び込んでいかなければ」という信念に基づいての行動。トーキョ―タナカ、サンボマスター、10–FEET G-FREAK FACTORYなど多くのバンドの力を借りながら、献血・骨髄バンクドナー登録啓発のためのイベントを定期的に開催している。 

 それらすべての根幹にはスノーボーダーとしてのDAZEがいる。

「志の仕事はSNOWBANK。仕える仕事はライフプラン事業。私事の仕事はスノーボードだと思っています。プロスノーボーダーとしては、今まで残してきた写真を超えるものを残したいですね。自分は動画よりも写真映えするタイプ。だから納得できる一枚を、自己満足じゃなく、どこかの誌面を飾れるようなものをいつか残したいんです」

荒井daze善正(Arai daze Yoshimasa)

1979年3月10日、東京都生まれ。16歳の時にスノーボードを始める。24歳からプロスノーボーダーとして国内外で活動。2007年「慢性活動性EBウイルス感染症」の診断。2008年に骨髄バンクを通じて骨髄移植。現在はプロスノーボーダーとして復帰。また骨髄バンクの普及やドナー登録推進のための活動にも精力的に取り組んでいる。「daze(ダゼ)」の愛称は、ニュージーランドで知り合った小学生時代の国母和宏に、当時のバラエティー番組「学校へ行こう!」の登場人物にちなんでつけられたという。

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「ヤバい、俺死んじゃうかも」5年生存率50%以下の闘病生活を乗り越えたプロスノーボーダー・荒井daze善正の再生物語「俺がもし生き残ったら…」

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