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胃がん発覚から10カ月で他界「なぜ弟の徹が…」25歳で亡くなった“伝説のモーグル選手”森徹が滑り切った人生最後のレース「スキーできる状態じゃなかった」

posted2026/02/20 11:01

 
胃がん発覚から10カ月で他界「なぜ弟の徹が…」25歳で亡くなった“伝説のモーグル選手”森徹が滑り切った人生最後のレース「スキーできる状態じゃなかった」<Number Web> photograph by AFLO

1997年2月、地元長野県で行われたフリースタイルスキー世界選手権に出場した森徹さん。この年の夏、胃がんが発覚する

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石井宏美

石井宏美Hiromi Ishii

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AFLO

1998年長野五輪――病と闘いながら仲間たちの勇姿を見届けた伝説のモーグル選手がいた。25歳で亡くなった森徹さんとの思い出を、兄やライバルが語る。NumberWebノンフィクション全2回の後編〈前編も公開中〉※本稿は2022年2月に初公開した記事を再編集したものです。

 海外合宿を終えて帰国した森徹さんは、念のために受けた人間ドックで胃がんが見つかった。しかも、進行の早いスキルス性だった。

 告知から約2週間後、手術が行われたが、がんは予想以上に広がっており、一部の切除に留まった。その結果を伝えられた兄・敏さんは「放心状態で何も考えられなかった」という。

 一方で、徹さんは早くも復帰に向けてのスケジュールを描いていた。

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「長野には出られないけど、次のソルトレークシティ五輪を目指すという話をしていました。決して悲壮感漂ったものではなく、“今度は自分がみんなを感動させたい”と前向きなものでしたね」(敏さん)

 手術から2週間後には、病院の階段を上り下りするなどトレーニングまで始めた。

 もう一度、輝く舞台に戻って見せる――。

 そんな弟の姿に、五輪出場を目指していた兄も、気持ちが奮い立たないわけがなかった。

「弟のためという思いもそうですが、手術後は家族全体が落ち込んでどん底状態。当時、私自身は競技で結果が出ずに悩んでいる時期でもありましたが、もうそんなことは言ってられないな、と。一心不乱に長野オリンピックに向かっていました」

【次ページ】 長野五輪の会場に姿を現した徹さん

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