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「だろうな…って感じですね」平野歩夢もリスペクト…スノーボード・國母和宏が明かした16年前「反省してま~す」事件の真相「えーって思うほどバカじゃない」

posted2026/02/14 17:18

 
「だろうな…って感じですね」平野歩夢もリスペクト…スノーボード・國母和宏が明かした16年前「反省してま~す」事件の真相「えーって思うほどバカじゃない」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

2010年のバンクーバー五輪で服装を巡ってバッシングを受けたスノーボードの國母和宏。喧騒の渦中で本人は何を思っていたのだろうか?

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中村計

中村計Kei Nakamura

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JIJI PRESS

 16年前のバンクーバー五輪。日本スノーボード界の第一人者は、思わぬ「ヒール役」となった。日本を巻き込み、大きなうねりを生んだ狂騒の中で、彼が貫き通した美学とは、一体何だったのだろうか? ミラノ・コルティナ五輪で再び注目を集める、かつてのレジェンドが語ったインタビューを再掲します。《全2回の2回目/最初から読む》(初出:Number920号/2017年1月26日発売 肩書などはすべて当時)

 時計の針を2010年のバンクーバー冬季五輪まで戻す。

 國母和宏は当時21歳だった。2月12日に開会式を控えたハーフパイプチームは、その3日前、バンクーバーへ出発。そのときの姿がワイドショーで放送され、物議を醸した。レゲエミュージシャンを思わせるドレッドヘアに、大ぶりなサングラスをかけた國母は日本チームの公式スーツを独特の「着崩し」で決めていた。腰でパンツをはき、シャツはパンツの外に出しネクタイも緩めていた。

 引率したのは当時ハーフパイプチームのコーチだった綿谷直樹である。

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「騒ぎになっていると聞いて、最初、何でなのかまったく分かりませんでした」

 この感覚を理解するには2つのことを踏まえておく必要がある。まずはスノーボードの世界ではもともと大きめのズボンを腰ではくファッションがカッコいいとされていた。國母もこう言う。

「葬式に行くときに葬式の恰好をするように、スノーボードの大会に行くからスノーボードに行くための恰好をしてただけで。もう、あのときから滑ることに集中してて、スーツをびしっと着ることで、そのイメージが揺らいだりするのが嫌だった。あそこから俺のすべてのルーティーンは始まってるというか」

「まだ世間に浸透していなかった」スノーボードの文化

 國母のスノーボード仲間で17歳上の石川健二はこう補足する。

「カルチャーが、まだ世間に浸透していなかった。あれはスノーボードにどっぷり浸かってきた人の表現。僕も、簡単に言っちゃうと『カッコいい』と思った」

 もう1つは國母への絶対的な信頼感だ。綿谷が言う。

「代表合宿のとき、僕は少しでも選手を自分の目で見たくて、普通より多くの選手を呼んでいたんです。そのせいもあって、僕が少し見きれていないところがあった。そうしたらある日彼が僕の部屋にきて、『全員を公平にちゃんと見てください』って言ったんです。20歳そこそこで、そんなことを大人に言える選手なんて、そういないですよ。彼ほどスノーボードにすべてをかけている選手はほかにいませんでしたしね」

【次ページ】 「連盟の上の人から、大変なことになってるぞ、と」

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