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森友哉に激怒「カチンときて個室に呼んだ」あの名キャッチャー・袴田英利が語る“ノーサインで村田兆治を受けた”激動人生「離島甲子園を引き継ぐ」
text by
岡野誠Makoto Okano
photograph byHideki Sugiyama
posted2023/08/05 11:01
2013年ドラフトで西武に入団した森友哉。現在はオリックスでプレー
森友哉の「スタメン捕手」問題
本気で叱ってくれる袴田の存在によって、高卒2年目の若武者は階段を駆け上がった。138試合に出場して打率.287、17本塁打、68打点を挙げ、クリーンアップにも座った。一方で、ポジションは指名打者と右翼に限定され、捕手でのスタメンは1試合もなかった。この起用法にメディアやファンからは不満の声が上がっていた。
交流戦を直前に控えた5月下旬、袴田ヘッド兼バッテリーコーチは育成方針を聞かれ、こう答えている。
〈――将来の正捕手として期待する森になぜ、マスクをかぶらせないのでしょう?
「チームの状態がいいですし、森も打撃が好調。それに今は、銀仁朗(炭谷)が投手陣をうまく引っ張ってくれています。それがチームの安定を生んでいる。そういう状況で、無理に森を守らせる必要はないでしょう。森は日々の練習で上達しているとはいえ、まだ経験不足。もっと経験を積んでからでいいという判断です」
――「経験不足」は実戦でしか補えないと思いますが?
「今の森は捕手より、打撃でチームの力になってくれています。打線に欠かせない存在ですから。その中で、いろいろと一軍での経験を積んでくれればいいわけです。捕手としてはまだまだですから」〉(日刊ゲンダイDIGITAL/2015年5月22日)
本心では、袴田も交流戦で最低1試合はマスクを被らせたかった。だが、口外できない特殊な事情があった。
「会社に『キャッチャーはまだ早いだろう』と止められて、実現しなかったんですよね。『炭谷が状態良いから(交流戦では)友哉は外野でも守らせたらどうだ』とも言われました。自分の考えも述べながら、『それでいいならそうしますけど』と答えました。監督ではなく、僕のところに来ましたね」
二軍行き通告は「一番嫌な仕事」
田辺徳雄監督と話し合った上で、キャッチャー・森友哉は見送られた。
「選手の二軍行きも、全部僕が通告していました。あれは一番嫌な仕事でした。特にベテランに話す時は辛かったですね。なかには、『チームの中で僕の立ち位置はどこなんですか』と迫る選手もいました。傷つけないように言葉を選んで伝えていましたね」
袴田は、監督の盾にも選手の盾にもなった。7月3日のロッテ戦、死球を受けた19歳の森友哉は33歳の伊藤義弘を睨んだ。ベンチからマリーンズナインが飛び出し、一触即発の空気が流れた。その時、袴田は真っ先にライオンズ側から駆け寄り、立花義家、吉鶴憲治という2人のマリーンズコーチ陣を1人で制止した。
「選手を守ることがコーチの仕事ですからね。新聞記者に『乱闘の時、いつも先頭にいますね』と言われましたけど、『他のみんなが遅いんだよ』って(笑)。友哉の向こう気の強さは良い所でもある。2年目でピッチャーを睨めないですよ」