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「代表では中心選手なのになぜ評価されないのか?」“未完の大器”小川航基24歳、葛藤の5年間を振り返る
posted2021/10/29 11:01
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph by
ⒸJUBILO IWATA
桐光学園時代から“次世代のエースストライカー”として注目されてきた小川航基。度重なる怪我と東京五輪落選を乗り越えて、今何を思うのか?
6年目のシーズンが終盤に差し掛かっている今、サッカー選手としての「これまでとこれから」を聞いた(全2回の2回目/#1から続く)。
◆◆◆
「今年でプロになって6シーズン目ですが、自分が思い描いていた通りにはきていないです」
小川航基は、硬い表情で、そう語った。
5年やってきて感じるのは「プロは甘くない」
ジュビロ磐田に入団時、超高校大物ルーキーと称され、将来のエースストライカーとして期待された。だが、磐田では思うような結果を残せず、「絶対に行く」と誓っていた東京五輪のメンバーからも漏れた。
「入団したころは、高卒でジュビロに入って活躍し、海外に行って、日本代表に入ってというのをイメージしていました。でも、5年やってきた今は、プロは甘くない世界だというのを身に染みて感じているところです」
なぜ、小川は思い描いた道を歩んでこられなかったのか――。
代表では中心選手なのに、ジュビロで評価されない
プロ1年目、小川は名波浩監督が率いるチームでまったく試合に絡めなかった。一方で、U-19日本代表の活動では中心選手としてプレーし、結果を出していた。
「その頃、思っていたのは『代表で結果を出して中心選手としてプレーしているのに、なぜジュビロでは評価してもらえないんだろう』『なぜ、あの選手が試合に出て、自分は試合に出られないんだろう』ということでした。それが相当なストレスになっていて苦しみました。
でも、そもそもそんなことを考えていたのが間違いで、自チームには自チームの事情があるし、代表では求められる役割も違う。プロとしてのスキルも足りなかった。そのことに気づいていなかったんです」