Jをめぐる冒険BACK NUMBER
「満男は出来上がっていた。浩二には厳しくしちゃったかな」本田泰人が懐かしむ“バチバチな鹿島の紅白戦”と相馬直樹への想い
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph byJFA/AFLO
posted2021/06/01 11:03
1999年ワールドユース準優勝の報告をする中田浩二、本山雅志、小笠原満男、曽ケ端準
「相馬は、面倒くさいくらい細かいからさあ。守備のポジショニングも20cmとかで修正を求めてくるんだから。現役の頃なんて、よく秋田と試合中にケンカしてたよ。でも、それくらいのレベルで選手の意識を変えないといけないと思うから、適任だと思う」
もちろん、本田は発表された直後に激励の連絡を入れている。
その対応が、いかにも相馬監督らしかった。
「あいつ、電話に出なくてさあ。しかも、今どきLINEをやってないから、ショートメールを送ったんだ。『大変な時期に監督になったけど、頑張れよ。応援しているから。常に見ているから』って。そうしたら2日後くらいに『返信遅れて申し訳ありません。超バタバタで、大変でした。頑張ります』って。真面目だよね(苦笑)。本人が一番覚悟を決めてると思うけど、ノウハウは持っているから、あとはいかにチームに落とし込んでいくか」
4月14日の就任後、相馬新監督のもとでチームは公式戦10戦無敗を記録。最悪の状態から抜け出したばかりか、リーグ上位に浮上しつつある。
「何年も一緒に戦ったメンバーが監督として戻ってきたときに、タイトルを獲ってくれたら最高だよ。特に、相馬とは本当に長くやったし、代表でも一緒だったから、結果を残してほしい。クラブも相馬に2、3年は与えてほしいな。そうすれば、必ず相馬のカラーがチームに浸透するはずだから」
1991年10月1日に創設された鹿島アントラーズは今年、30周年を迎える。Jクラブ最多となる20冠を達成しているが、今のところ18年のACL制覇が最後のタイトルとなっている。
この記念すべきシーズンに、なんとかタイトルを獲得してほしい――。自身が貢献できないことに寂しさを覚えつつ、キャプテン本田泰人はそう願っている。
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