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“We change the world.”――アスリートが生み出すネットワークが未来を動かし課題解決の力になる。「HEROs AWARD 2025」を受賞した4組の活動とは?
posted2025/12/26 11:00
「HEROs AWARD 2025」の受賞者。左から公益財団法人日本サッカー協会の永島昭浩さん、日本代表・森保一監督、 フェンシング元日本代表の池田めぐみさん、ソフトバンク株式会社の榛葉淳さん、大相撲元横綱の白鵬翔さん
text by

矢内由美子Yumiko Yanai
photograph by
Nanae Suzuki
アスリートの力を活用した社会貢献活動を推進する日本財団のプロジェクト「HEROs~ Sportsmanship for the future~」が、活動のロールモデルを表彰し、社会課題解決の輪を広げていくことを目的として2017年にスタートさせた「HEROs AWARD」。その第9回となる「HEROs AWARD 2025」の表彰式が12月15日に都内で行われた。
例年と同様に自薦、他薦によりノミネートされた候補の中から、今回は大相撲元横綱の白鵬翔さん、フェンシング元日本代表の池田めぐみさん、公益財団法人日本サッカー協会、ソフトバンク株式会社が「HEROs AWARD」を受賞。中田英寿さんや五郎丸歩さんをはじめとする HEROs アンバサダーや、さまざまなスポーツのアスリート・関係者が見つめる中で行われた表彰式では、松岡修造さんの司会進行により受賞者のひとりひとりがステージに上がり、活動に込めた社会貢献への思いやスポーツが持つ力について熱く語った。
相撲の「礼」を広めることで世界平和に繋げたい
表彰式で最初に紹介されたのは大相撲の白鵬翔さんだ。白鵬さんは相撲を通じて世界の子どもたちに平和の精神と日本文化の魅力を伝えたいという思いを持ち、日本全国の小中学生はもちろん、海外からも参加者を募る形で少年相撲の世界大会である「白鵬杯」を25歳で現役の横綱だった2010年から実施している。
大会を始めた当初は自己資金からの持ち出しが多かったというが、活動内容や理念に対する賛同者が増え、大会は年を追うごとに規模が拡大。15回目の開催だった2025年2月の「白鵬杯」には15の国と地域、約1100人の幼児・小中学生が参加した。また、大会を通してウクライナの子どもたちや、能登半島地震で被災した子どもたちへの支援も行った。
相撲の持つ力を信じる継続的な活動が評価された白鵬さんは、壇上で感無量の面持ちを浮かべ、このように語った。
「日本の伝統文化で相撲の右に出るものはないと思います。相撲はルールがシンプルで分かりやすく、『礼に始まり、礼に終わる』というフィロソフィーを持っています。また、世界の150カ国で相撲が行われています。この価値をさらに広め、現在採用されているワールドゲームズから、将来的にはオリンピック種目になることやテニスのようなグランドスラム大会を開催できることを大きな目標としています」
白鵬さんの情熱あふれるスピーチで、会場のボルテージは一気に上がっていった。
デジタル指導でスポーツ教育格差の解決を
続いて紹介されたのはソフトバンク株式会社だ。同社の「スポーツ教育にテクノロジーの力を。『AIスマートコーチ』プロジェクト」は、部活動や体育の授業における指導者不足や、地域による教育格差の社会課題の解決を目的とし、スポーツ練習アプリ「AIスマートコーチ」でデジタル指導サービスの提供や動画コンテンツ配信を実施。教育や部活動、イベント活用の促進に加え、スポーツのスキル向上支援を目指している。
表彰式で登壇したソフトバンク株式会社代表取締役副社長 執行役員兼COOの榛葉淳さんは「ソフトバンクは創業者である孫(正義)の『我々のテクノロジーはスポーツの役に立てる』という思いの下、福岡ソフトバンクホークスでスポーツとテクノロジーを融合させる活動に取り組んできました」と語り、「スポーツは多岐にわたり、野球だけではなく、サッカー、バスケットボール、ダンス、バレーボール、さまざまなオリンピックの競技があります。そのすべての競技に、何らかの形で貢献できないかということで『AIスマートコーチ』プロジェクトをスタートしました」と活動の原点となる思いを説明した。
プロジェクトを立ち上げた当初は試行錯誤が多かったというが、幅広い競技の指導者や学生、選手の意見を聞くことでAIの持つ強みである長期にわたる大量のデータの蓄積から最適解を提案する「AIスマートコーチ」の取り組みを確立。今後も年代別に求められる指導内容などのブラッシュアップを続けながら「AIスマートコーチ」を広げていきたいと抱負を述べていた。
競技活動を支えた"コンディショニング"の知識で地元の課題を解決
次に登壇したのはフェンシング元日本代表の池田めぐみさんだ。池田さんが取り組んでいるのは「『アスリートの力を山形の力に。アスリートが挑む地域活性』プロジェクト」。生まれ故郷である山形にゆかりのあるアスリート同士が連携し、競技生活で得た知見を生かした地元貢献活動を行うもので、なかでもトータルコンディショニングの普及事業では、アスリートが培ってきた心身の観察や管理のノウハウを生活全般に浸透させることを目指した取り組みを行っている。
池田さんは「私の活動は競技の指導ではなく、自分がアスリートとしてパフォーマンスを発揮するために整えてきたコンディショニングです。それがスポーツや年代を超えて、スポーツが嫌いな人にも届けられるということにとても価値を感じています。さらに、アスリートのキャリアとしても、自分たちがやってきたことをスポーツの勝ち負けだけじゃない価値として伝えていくことができると思っています」と語った。
また、近年はスポーツに限らず幅広い分野の人々が池田さんの活動に集うようになったといい、「そうすると思いもよらなかった掛け算が起こって新たな価値が生まれ、アスリートとしての誇りが新たに上書きされているという感覚があります」と笑顔。池田さんが「山形での活動をぜひ一緒に取り組んでいただきたいです」と呼びかけると、コンディショニングの専門スキルというアスリートの誰もが持つ知見を活かせる社会貢献の形に対し、頷きながら聴き入る出席者の姿が多く見受けられた。
47都道府県ネットワークを活かしたスピーディーな被災地支援
そして、最後に紹介されたのは日本サッカー協会(JFA)のプロジェクトである「47都道府県のサッカー協会が連携。サッカーを通じて被災地に希望の灯りをともす。」
JFAは2024年1月の能登半島地震発災後から2025年6月までに計153回、延べ1万2495人の子どもたちに対する心身のケアを能登半島で実施してきた。この期間に現地に足を運んだアスリートは延べ574人。さらにはJFAサッカーファミリー復興支援金として全国から集まった8700万円を超える支援金を被災地の経済支援や被災者たちの心のケアに役立てた。
JFAの強みは全国に張り巡らされた「47都道府県ネットワーク」。各都道府県のサッカー協会が地域に根ざした情報をスピーディーに収集して共有することで、災害時に命や心を支える「社会のインフラ」となっていることが今回の受賞に繋がった。
ステージでマイクを向けられたJFAリスペクト委員会防災・復興支援部会部会長を務める永島昭浩さんは「日本サッカー協会には、サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達や社会の発展に貢献するという理念が真ん中にあります。この受賞はそれを体現したものだと思います」とコメント。また、永島さんと一緒に登壇したサッカー日本代表の森保一監督は「私自身、励ましの言葉掛けやさまざまなコミュニケーションを取ることで元気になってもらいたいという思いはありますが、それだけではありません。我々の活動を通じて『ここから這い上がれる。ここから立ち上がってまた前進できる』ことを伝えたいと思っています」とスピーチし、会場から拍手を浴びた。
アスリートが社会貢献のロールモデルを主体的に学ぶ
第9回を迎えた今回の「HEROs AWARD2025」は、アスリート自身が登壇する学習コンテンツがプログラムに加わったことも大きなトピックの一つだった。「HEROs」プロジェクトの日々の活動を企画・運営していたアスリートたちが、自ら発信することで点を面へと広げていく。「HEROs」プロジェクトがスタートしてから約10年経ち、アスリートが主体的に社会貢献活動に取り組む意欲が高まったことで踏み出せた新たなフェーズ。表彰式前の時間には今回の受賞の1人である池田さんや、パラアイスホッケーの上原大祐さんによるプレゼンテーション「ソーシャルアントレプレナーとして挑む社会課題」や、「子どもの未来を支える」と題したワークショップが開催された。
また、HEROs AWARD内では、今後の活動の連携に向けて競技や年代を超えてアスリートやクラブ・リーグ関係者が混ざり合い、情報を交換したり活発に議論したりする姿があった。
表彰式の最後にMCを務めた松岡さんが、「ここで生まれた出会いは力になり、対話は未来を動かし、小さな発見は世界を変える最初の一歩になります。HEROsは 2026年も歩みを止めません。ともに行動し続ける仲間として『We change the world.』の言葉を現実にしていきましょう」と呼びかけると、会場には盛大な拍手が鳴り響いた。社会貢献という軸に寄り添うアスリートたちの力が必ずや未来を照らすと感じさせる熱気にあふれていた。






