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モウリーニョ独占インタビュー。
「ジョブズと聖書と守るべきもの」
text by
豊福晋Shin Toyofuku
photograph byTamon Matsuzono,Takuya Sugiyama(in the article)
posted2020/06/30 10:00
現在はトッテナムの監督を務めるモウリーニョ。インタビューは2度目のチェルシー監督就任時に行われた。
スティーブ・ジョブズについて思うこと。
組織を率いることについて話が及んだ時、彼はひとりのリーダーの名をあげた。
「スティーブ・ジョブズ。彼はテクノロジーの分野における天才だった。アップルという企業のすべてを創り出した純粋な天才だ。しかし現在では、彼のリーダーシップにばかり注目が集まっているように思う。
ジョブズの本当の才能であり能力は、その業界でのクオリティなんだ。もちろん、それに加えて、人を率いる能力やカリスマがあったからあの位置まで辿りつけたのだろうが、最も重要なのは彼の能力なんだ。
サッカーの世界でも同じだ。まともにボールも蹴れない選手がそのチームでリーダーになった例を、私は見たことはない。彼がどんな素晴らしい言葉を伝えようが、誰が耳を傾ける? すべては仕事の質にあるんだ。それがなければリーダーになどなれない」
――組織を率いるという意味で、サッカークラブを会社と置き換えることはできますか?
「大事なのはどちらも人間を率いているということだ。ビルの建設現場の長も、銀行の部長も、新聞社のデスクだってそうだ。
忘れてはならないのは、一緒に仕事をするのが人間で、トップである私のために働いてくれているということ。性格、考え方、宗教に文化、国籍だって違う人々が、ひとつの目的のために動いている。リーダーは彼らのために全力を出さなければならない」
仕事に全てをかけていないとリーダーになどなれない。
チェルシーのクラブハウスに伝わる有名な話がある。ある時、クラブハウスの警備員が夜の見回りをしていた。辺りはすでに暗く、時計の針は20時を回ろうとしていた。建物のひと部屋に灯りがともっているのを見つけ近づいていくと、それはモウリーニョのオフィスだった。
警備員はまさかこんな時間まで監督が残っているわけはないと思っていた。通常、練習は正午には終わり、監督も数時間後には練習場を後にするのが普通だからだ。アシスタントの車に乗って帰ったのかと思っていました、こんなに残っている監督なんていませんでしたよ、と声をかけたが、彼は平然と何かを調べ続けていたという。
「自分が仕事に全てをかけていないとリーダーになどなれない。会社組織でも自分の下の人々は小さなことまで見ている。優れたリーダーであるかどうかは、他人が評価するもの。ただ、私はビジネスの世界に入ろうとは思わない。監督の仕事というのはハードだ。ビジネスに足を踏み入れれば、どちらかで何かが欠けてしまう。
私は監督に専念したいし、一緒に働く人たちにはこんなアドバイスをする。投資やビジネスをしなくてもいいくらい十分なお金を保証するから、給与は銀行に預け、不動産に少し投資するくらいに留めておけと」