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武豊に聞く。ディープインパクトは
サイレンススズカを差せるのか。
text by
片山良三Ryozo Katayama
photograph byKeiji Ishikawa(L&in the article),Takuya Sugiyama(R)
posted2020/06/27 11:50
大逃げを打って直線で突き放すサイレンススズカ(左)と後方から豪快にまくって差すディープインパクト。勝負の行方、武の見解はいかに?
愛馬の頭を抱きながら涙も涸れ果てるほど泣いた。
最後の力を振り絞って馬運車に乗り込んだサイレンススズカだったが、診療所の診断で手の施しようがないとされ、加茂に見守られながら安楽死の処置が取られた。その知らせは、最終レースが終了したあとで場内のファンにも厳かに告げられている。
愛馬の頭を抱きながら涙も涸れ果てるほど泣いた加茂は、その後間もなく厩務員の仕事そのものを退いてしまった。あれほど心を通わせ合った馬を突然失い、抜け殻のようになってしまった自分がこれ以上馬に関わるのは失礼だと思ったのだという。
感傷的になっている姿など見せたことがなかった武が、神妙な表情でこう告白した。
「今でも不意に思い出すことがあります。あんなことになってなかったらなぁって。天皇賞は間違いなく勝っていたんだろうなぁとか、そのあとのジャパンカップはとか、ブリーダーズカップも行っていただろうなぁとか、考えてしまいますね。
サンデーサイレンス産駒の種牡馬がいま活躍してるじゃないですか。そういうのを見ると、余計に『いたらなぁ』と思います。『きっと、凄い子供が出てるんだろうなぁ』って」
ディープインパクトはサイレンススズカを差せるのか。
これよりずっとあと、武はディープインパクトというまったく違うタイプの名馬と出会う。
ディープインパクトはサイレンススズカを差せるのか。訊いてみると武は楽しそうにこう答えた。
「(直線に入って2頭は)すごく離れているわけですよね(笑)。う―ん、どうでしょう。分からないですね(笑)。どちらが勝つかは分かりませんが、ディープインパクトにとって、最も負かしにくいタイプであるとは言えるでしょうね」
スーパークリーク、イナリワン、オグリキャップ、メジロマックイーン、エアグルーヴ、ダンスインザダーク、スペシャルウィーク、アドマイヤベガ、エアシャカール、クロフネ、タニノギムレット……、そしてデイープインパクト。
数々の名馬に跨ってきた武豊をして、「理想のサラブレッド」と言わしめたサイレンススズカは、東京競馬場の最高のステージに、理想のラップを前半だけ確かに刻み、残りを我々の想像の世界に委ねたまま、静かに旅立って行った。
11月1日、10回目の命日を迎える。
(Number689号「1分56秒──理想のサラブレッド、サイレンススズカ」より)
前編「宝塚記念馬サイレンススズカの記憶。武豊が見たサラブレッドの『理想』。」は下の「関連記事」からご覧になれます。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。