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「自分の中で、ライバルは江川卓と決めました」非エリート・西本聖の“永遠のライバル”が入団した日…「僕もトレード候補だった、と聞いた」
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元永知宏Tomohiro Motonaga
photograph byBungeishunju(2)
posted2026/08/01 11:00
ジャイアンツの2大エースとして一時代を築いた江川卓(左)と西本聖(右)。「永遠のライバル」関係の始まりを西本が語った
最終的にはコミッショナー裁定によって、ドラフト会議で交渉権を獲得した阪神に江川をいったん入団させ、巨人にトレードする、という形で決着がつくことになる。
西本は江川とのトレード候補だった
年が明け、キャンプイン前日の1979年1月31日。宮崎行きの飛行機に乗るはずだった巨人のエース格投手、小林繁は空港で待ち受けていた球団職員に球団事務所へと連れて行かれ、阪神へのトレードを通告された。
「みんなで宮崎に行くはずだったのに小林さんだけが残された……ということもあって、江川さんが悪者になってしまった感じですよね。あの騒動にしても、江川さんがやったことではなくて、責められるべきは球団、親会社の読売新聞社でしょう。その時はそう思わなかったけど、かわいそうなのは江川さんですよ」
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1971年のドラフト6位指名を受けて巨人に入団した小林は、西本と同様、エリートではない。甲子園の出場経験もなかった。
「小林さんにはものすごくかわいがってもらったし、いろいろなことを教えてもらいました。自分にとっては兄貴的な存在でした」
江川のトレード要員は誰か——この期間にはさまざまな憶測、噂が飛んでいた。
「ざわざわしたシーズンオフでしたけど、僕たちにできることは何もない。なるようにしかならないと思っていました。当時、僕らにはまったくわかりませんでしたけど、あとになって『西本と角三男がトレード候補だった』と聞きました」
ライバルは江川卓、と決めました
2月1日に入団会見が行われ、江川は巨人の一員になった。
「江川さんが入団したことで、一軍に自分が入れる枠がなくなってしまうかもしれない。自分の中で『ライバルは江川卓』と決めました」
西本はプロの世界でまだ通算12勝しか挙げていなかった。
この時点で、江川と西本とのライバル関係が1980年に入ってから巨人を甦らせることになると予見した人はどこにもいなかった。
〈つづく〉

