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「江川さん、キャッチボールしましょうか」孤独な江川卓に声をかけた西本聖…永遠のライバルの本当の関係性とは「誘いあってゴルフにも行った」

posted2026/08/01 11:01

 
「江川さん、キャッチボールしましょうか」孤独な江川卓に声をかけた西本聖…永遠のライバルの本当の関係性とは「誘いあってゴルフにも行った」<Number Web> photograph by Kazuhito Yamada

チームに合流した江川はまだ孤独な存在だった。彼をライバルと思い定めた西本だったが、そんな江川に声をかけて……

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元永知宏

元永知宏Tomohiro Motonaga

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Kazuhito Yamada

「江川トレード事件」、「西武ライオンズ誕生」、「箕島高春夏連覇」、「江夏の21球」……このすべてが起きたのが1979年である。今にして思えば、日本野球界の新たな勢力図の兆し、そしてスポーツ文化の変容の萌芽がこの年に見えていたとも言える。1980年『Number』創刊の前年、日本野球界の地殻変動を関係者への取材で振り返る大型連載! 江川の入団で生まれた永遠のライバル関係。その真実を当事者が語る!〈連載第6回「江川トレード編」/つづきを読む

 1979年、巨人に入団した江川卓は春季キャンプに参加せず、ジャイアンツOBの矢沢正と自主トレを行った。さらに、開幕から2カ月間出場を自粛することになったため、チームとは別で活動を続けた。

 阪神タイガースに移籍した小林繁は4月に3勝、5月にも3勝を挙げた。一方、小林を失い、江川も加わっていない巨人だったが、5月終了時点でリーグ首位を走っていた。

 西本聖は、江川の合流をこう回想する。

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「江川さんがチームに合流した時、キャッチボールをする相手がいなかった。東京六大学の後輩の鹿取義隆(明治大学)がやらないから、『俺しかいないな』と思って『江川さん、キャッチボールやりましょうか』と言ったんですよ。それから江川さんが引退するまでずっと、体操もキャッチボールも一緒にやりました」

あれっ、球が遅くなっているな

 高校時代、1学年上の江川に「見たことのないボールを投げるピッチャー」と衝撃を受けた西本だが、プロ入り後の姿にはそこまでのインパクトを感じなかったという。

「はじめに、ボールが遅くなっているなと感じました。大学を卒業したあと、1年間アメリカにいたブランクが響いたんでしょうね。『あれっ』という感じでした。シーズンが進むにつれて、速くなっていきましたけど」

 江川がプロで初めて登板した6月2日の阪神戦では、138キロが最速だった。

 大物ルーキーに対してライバル心を抱いていた西本だが、同時に江川はよき仲間でもあったという。

「江川さんと実際に接してみて、気を遣わなくていい人なんだなと思いました。本当は僕たち、仲がよかったんです。投手会主催の食事会もあったし、シーズンオフには誘い合ってゴルフもしました。ただ、個人的にご飯を食べることはなかった」

【次ページ】 江川合流以降、なぜかチーム成績が……

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