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松井秀喜の名前も…来季の巨人監督候補に“ある共通点”「生え抜きの4番かエースしかなれない」説はなぜ生まれた? 巨人オーナー“8年前の重要証言”
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岡野誠Makoto Okano
photograph byKYODO
posted2026/05/30 06:55
来季の監督もある? 松井秀喜
だが、3人の就任が実現しなかったため、川上哲治以降の巨人監督は結果的に「生え抜きのエースか4番」になっていた。その歴史を知った山口オーナーが〈現役の時に重たいものを背負った、苦しんだという人が監督にふさわしいのではないかというのが、これまでの巨人軍の考え方だったと。私はそう思っている〉と解釈したのだろう。
崩れた不文律…橋上監督はどうなる?
単なる噂に過ぎなかった説を、オーナーが明言した。皮肉なことに、その山口オーナーのもとで、橋上秀樹という初の外様監督が誕生した。
野村克也のID野球の薫陶を受けた橋上代行に期待する声もあれば、マスコミ球団と言われる巨人の監督が務まるのか不安視する見方もある。歴史を振り返ると、山口オーナーの〈現役の時に重たいものを背負った、苦しんだという人が監督にふさわしい〉という見解は的を射ている。巨人監督最多の1291勝を挙げている原辰徳は、現役時代「チャンスに弱い」などと散々バッシングされてきた。それでも、罵声に屈しないメンタルを持っていたからこそ、リーグ優勝9回の偉業を成し遂げられたのだろう。
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98年に巨人監督の就任を固辞した森祗晶は、理由をこう語っている。
〈さまざまな臆測による報道、反対の声が入り交じり、騒然となった。この状況では受諾は無理だと考えて、マスコミの取材には「例え要請があったとしても、引き受けることはない」と答えたんだ。長嶋茂雄監督の後に監督をやるには相当の覚悟が必要。でも僕にはその覚悟がなかったということだ。監督をやりたかったか? いやあ、受けなくて良かったと思うなあ…〉(2024年8月20日配信/スポーツ報知)
何度も修羅場を潜り抜け、西武をリーグ優勝8回、日本一6回に導いた森でさえ、一時の騒ぎで嫌になるほど、巨人の監督は特別な椅子だった。一方で、時代は変わり、マスコミの報道も巨人一辺倒ではなくなり、昔と比べればプレッシャーは随分和らいでいる。
巨人の監督は生え抜きのエースか4番でなければならない――。これは長期間に渡って、俗説だった。わずか8年前、山口オーナーの明言で定説に変わった。それが来年、どちらに転ぶのか。すべては、橋上代行の手腕と選手の頑張りに懸かっている。
※江川卓は1978年のドラフト会議前日に巨人と契約したと発表。しかし、選手登録申請は却下され、翌日のドラフトで江川は阪神から1位指名を受ける。79年1月、金子コミッショナーの「強い要望」により、阪神と入団契約をした後、小林繁との交換トレードで巨人へ移籍した。
参考文献:『日本プロ野球、昭和の名将: 1936-1988』(ベースボール・マガジン社)、『日本プロ野球平成の名将 1989-2012』(ベースボール・マガジン社)

