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「もう、おまえしかいないから」“辞退者続出”井上尚弥とのスパーで呆然「爆弾のようなパンチ…ガードできない」柏崎刀翔が味わった“最大の衝撃”
posted2024/10/11 11:44
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph by
JIJI PRESS
少年時代に夢見たプロの世界王者か、あるいは五輪を目指すのか。アマチュアで日本の頂点に立った柏崎刀翔は、ボクシング人生の岐路に立たされていた。「もう、おまえしかいないから。行ってくれ」。プロになった井上尚弥との衝撃的なスパーリング、あまりにも複雑な父との関係……。『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』(講談社)の著者が綴るノンフィクション第3章。(全4回の3回目/#1、#2、#4へ)
寺地拳四朗、田中亮明に勝利して全日本初優勝
父はボクシングについて、もう何も言ってこなくなっていた。ある時期までは「(大学の)リーグ戦のDVDを全部送れ」としつこく連絡してきた父。だが、アルコール依存症が進行し、記憶は曖昧で言動もおかしくなっていた。柏崎が大学3年のとき、両親は離婚。母から「あんたはもうあの人と関わらんほうがいい」と言われるほどだった。
大学生活最後となる2012年の全日本選手権は東京・日野市の市民の森ふれあいホールで行われた。林田太郎が現役を退き、井上尚弥はプロへ。ライバルがいなくなったリング。優勝候補の本命は柏崎になった。
「高校のときからずっと2位か3位で、同級生から『シルバーコレクター』って言われたりして、めっちゃ悔しかった。結果を出して競技を続けたい。自衛隊から『優勝したら(入って)いいよ』と言われていたんです。やっぱりオリンピックにも行きたかったので」
準決勝では1学年下の寺地拳四朗(関大)が繰り出すアウトボクシングを接近戦で潰し、決勝は田中亮明(駒大)に的確なパンチを浴びせ、初優勝を遂げた。嬉しくて感極まり、優勝インタビューで何を話したのか覚えていない。だけど、忘れられないことがある。わざわざ石川から試合会場の東京に駆けつけてきた父が日大の梅下監督に歩み寄り、握手をして頭を下げていた。
「監督さん、約束を守ってくれて、ありがとうございます」
入学する際に交わした約束。「絶対チャンピオンにしますから!」。父の頭にずっと残っていた監督の言葉。厳密にいえば、もう父ではなく、「育ての父」になっていた。