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「もう、おまえしかいないから」“辞退者続出”井上尚弥とのスパーで呆然「爆弾のようなパンチ…ガードできない」柏崎刀翔が味わった“最大の衝撃”
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byJIJI PRESS
posted2024/10/11 11:44
2014年4月、井上尚弥はアドリアン・エルナンデスを破りWBC世界ライトフライ級王座を獲得。柏崎刀翔はスパーリングでその“異次元の成長”を体感していた
父との複雑な関係「育ててもらった恩がある」
自衛隊で厳しい練習に明け暮れる日々。だが、どうしても父が気になる。あれだけ煩わしく思っていたのに……。地元・石川に帰った際、父の元を訪れると、やはり酒浸りでずっとソファーに寝そべっていた。それでも仕送りをして父の生活を支えた。金銭の肩代わりをすることもあった。トラブルを起こすとすぐに駆けつける。もう家族ではない。母が「関わらんほうがいい」と言った赤の他人なのだ。
「でもね、ここまで育ててもらった恩があるじゃないですか。感謝があるじゃないですか」
父を思いやる、優しい口調でそう言った。
柏崎はアマチュアボクシングで日本のトップに立ちながら、苦悩を抱えていた。一つはファイトスタイル。国際大会において、インファイトで「勝った」と思っても判定で負けている。海外仕様のスタイルにチェンジすると、今度は国内で勝てなくなる。どうすればいいのか、ジレンマに陥った。もう一つは、気持ちにムラがあった。高校時代なら原隆二、大学では林田太郎、社会人になったら田中亮明。彼らと闘うときは自然と熱くなり、気持ちが入った。だが、国際大会では「この選手に勝ちたい」という感情は芽生えず、初対面の選手を相手にすると気持ちのつくり方がわからなくなる。とはいえ、闘い続けるしかなかった。
「もちろん、オリンピックを目指していましたし、例えるなら、神輿の上にいるみたいな感じ。『頑張って!』って、いろんな方から応援される。辞めるに辞められないし、闘いの螺旋から降りられないですよね」
神輿の上にいると、さまざまなことが見えてくる。親身になって必死に担いでくれる人。五輪が近づくと急に現れ、代表の座が消えると去っていく人。どんな担ぎ手にも感謝をしつつ、だけど、柏崎は決して神輿の上に乗るのが上手な選手ではなかった。
「試合前に遠征が組まれたり、全日本の合宿とかもやってもらうじゃないですか。こんなに充実した練習をさせてもらって、結果が出なかったらどうしようって、そういう思考になっていくんです」
責任感か、気の弱さなのか。どこか人間味の漂う柏崎は、海千山千のボクサーが殴り合う世界において、それが弱みになりかねなかった。