「自分にいかせてください！」

　試合の途中からセンターに入っていた2年生の矢口正史に打席が回ると、石塚雅俊は監督の大井に直談判した。申し出を監督が即座に却下する。その裏には石塚への疑念があり、2年生の平野汰一を代打に送ろうと考えていたからだ。

「平野はバッティングがよかったから、本人にも『回ってきたらピンチヒッターでいくよ』と伝えてあったの。石塚は確かにストレートは強いけど、カーブがまったく打てなかったからねぇ」

　監督の決断を前に3年生たちが頭を下げる。

「石塚を出してやってください！　こいつは今度こそ打ちますから！」

「打てっこない」カーブを打って…1点差に

　嘆願した理由について、石塚と自主練仲間だったキャプテンの中村が言葉に熱を込める。

「ベンチ入りを外されそうになっても腐らずに練習してきたヤツなんで。そういう姿をみんな知ってたんで、石塚しかいないって」

　熱に押された監督が「わかったよぉ」と、3年生の断固たる決意に命運を託した。

　8-10。2アウト一、二塁。代打・石塚雅俊。

　決着は1球でついた。監督が「打てっこない」と決めつけていたカーブを捉え、レフトへ打ち返す。石塚自身も驚きの一打だった。

「みんなが打たせてくれました！」

　9-10。2アウト一、三塁。8番・若林尚希。

　義人がフォアボールを選んだあたりで、「絶対に回ってくる」と心を整えてきた。

「みんなが自分まで繋いでくれたことが本当に嬉しくて。『最後のチャンスだ』って感謝の気持ちを込めて打席に立ちました」

　2球目。真ん中からやや内角に入る136キロのストレートをフルスイングする。

　抜けた！　甲子園が轟く。

　打った若林、日本文理ベンチもスタンドも、そう確信したと同時に、鋭いライナーは相手サードの河合のグラブに吸い込まれていた。

　走り出した若林が、すぐに崩れ落ちる。

「捕られているところを見てしまったら、本当に悔しくて、ちょっと起き上がれなくて」

　最後にフルスイングを体現した若林の体を、チームメートが称えるように起こす。日本文理、驚異の追い上げ。強打のチームが9回2アウト、ランナーなしの土壇場から見せたのは、泥臭く繋ぐ野球だった。

「お疲れ様。ありがとう！」

　笑顔の伊藤と目を真っ赤にした堂林。エース同士がホームベース上で抱擁を交わす。

　勝者が泣き、敗者は笑っていた。スタンディングオベーションの甲子園。約束を守ってくれた選手に監督が目を細める。

「中京大中京の選手の体、見たでしょ。大学生みたいなチームにあんな試合をやってくれたんだよ。これ以上、なにを期待するんだって。子供たちには感謝しかないよね」

　新潟が熱狂した高校野球。日本文理の夏が、終わった。

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朝6時から「1日1000スイング」「連帯責任の根性練」まで…夏の甲子園「わずか16勝」だった新潟の代表校が15年前“夏の主役”になった納得の理由