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「日本文理の夏はまだ終わらない!!」アナウンサーが絶叫…9回2アウトから6点差→1点差に 15年前の甲子園決勝、敗者が笑った“奇跡の19分間”舞台裏
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byJIJI PRESS
posted2024/08/22 06:03
9回2アウトから6点差を1点差にまで追い上げた日本文理。ラストバッターとなった若林尚希の痛烈な打球は三塁手のグラブに吸い込まれた
中京大中京のサード・河合完治が落下地点に入る。キャッチャーの磯村嘉孝がカバーリングに向かう。守備陣形は完璧かと思われたが、ふたりはお見合いするように打球を見送り、日本文理の終焉を告げるはずだった白球はファウルゾーンの黒土で高くバウンドした。
胸をなでおろした吉田に、「打つ気満々」が蘇る。仕切り直しの打席。堂林がピッチングモーションに入ると、キャッチャーが捕球位置を変える様子を耳で確認できた。
インコースの真っ直ぐだな――照準を合わせた吉田がスイングの始動に入ろうとした刹那、ボールが背中を直撃した。
「命拾いした打席だったんで打ちたかったんですけどね。デッドボールって微妙ですよね」
甲子園の魔物が中京大中京にちょっとしたいたずらを仕掛け、女神が日本文理に微笑みかけようとしていた。
堂林は再び交代となってライトへ回り、森本隼平が2度目のマウンドに上がる。
2アウト一、三塁。5番・高橋義人。
「本当は堂林のほうがよかったんですけど」
2安打していたお得意様が降板して少し残念な気持ちとなったが、8回には森本からもヒットを放っていて苦手意識はなかった。
「ストライクとボールがはっきりしていたし球は見えていたんで、追い込まれても打てないって気持ちはなかったですね」
前の打席までの打率が驚異の6割3分6厘。14安打、2ホームランと荒稼ぎしていたチーム屈指のバットマンはしかし、欲張らず冷静にボールを見極めフォアボールで出塁した。
甲子園の空気が、明らかに変わった。
4点差…満塁で起こった「伊藤コール」
2アウト満塁。6番・伊藤直輝。
ネクストバッターズサークルで見守っている最中から、義人の1球ごとに起こる大歓声に「すごいところで試合してるんだな」と、伊藤は甲子園の特異性を感じ取っていた。
それが自分へ向けられているのだとはっきりと認識できたのは、1球目のスライダーを見逃した直後だった。
イットオ! イットオ! イットオ!
アルプススタンド以外での個人応援が禁止されている甲子園で鳴り響く「伊藤コール」は、本人ですら武者震いするほどだった。
「びっくりというか。伊藤、伊藤って聞こえてくるんですよね。驚いていられる場面ではなかったんですけど、ぞくぞくしました」
3球目。森本の136キロのストレートを、伊藤が強振する。鋭いゴロが三遊間を抜けレフトまで到達すると、セカンドランナーの吉田も迷わずホームに突進してきた。
<繋いだ! 繋いだ! 日本文理の夏はまだ終わらなぁぁぁぁぁい!!>
実況アナウンサーの名文句が誕生したのは、この伊藤の一打からだった。
8-10。日本文理の夏が続くなか、ベンチでは監督と選手による問答が展開されていた。