そんな窮地であっても、切手は笑っていた。

「カウント2-3からの『1球バッティング』っていうのを散々やってきたんで。自分が繋げば隼之介がなんとかするだろうって」

　6球目。外角低めのスライダーを悠々と見送った切手が、一塁へ歩いていった。

　2アウト一塁。2番・高橋隼之介。

　3回にホームランを放っていたが「あとひとり」の重圧はあった。ただ、ネクストバッターズサークルで淡々とボールを見極める切手を見て、肩の力が抜けていった。

「切手さんが堂林さんにボールを投げさせてくれていたんで、『フォアボールでもなんでもいいから繋ごう』って思いました」

　2ストライク1ボールから切手が盗塁を成功させ、隼之介はさらに落ち着く。3球ファウルで粘っての9球目。内角の133キロストレートを左中間へ弾き返す。

「ファウルだったときのボールが変化球だったんで、ストレートが来るだろうと。やっぱり、堂林さんとの相性はよかったですね」

　反撃の狼煙が上がる。1点を返した日本文理のベンチが盛り上がる。そんななか、ただひとり悲壮感を漂わせていた選手がいた。

　5-10。2アウト二塁。3番・武石光司。

「ここで打てなかったら、新潟に帰ってどうなんのかな？　批判されんのかな……」

　6回の守備でのミスを打ち消すように、武石はネクストバッターズサークルから「集中、集中」と自分に言い聞かせていた。

「武石さん、繋ぎますから！」

　そう言って、目の前の打席で粘る後輩の言葉が心に響く。不安や緊張。ネガティブな感情が武石からスーッと去っていった。

「こんときに緊張がなくなったんですよね。『楽しもう』ってそれだけで」

　カウント2-2から、2球ファウルしての7球目。真ん中に甘く入ったスライダーをライトへ打ち返すと、三塁まで激走した。武石にやっと笑顔が弾ける。

「嬉しいというより、ホッとしたっていうか。『繋げられたぁ』って」

2点を返し、打順は4番に…ファウルフライの行方は？

　6-10。2アウト三塁。4番・吉田雅俊。

　2回に堂林からツーベースを記録していた吉田は、打つ気満々だった。1ボールからの2球目。真ん中付近にきた132キロのストレートに迷わずバットを出す。

　しまった！

　打った瞬間、吉田が絶望する。打球は、三塁ファウルゾーンに舞い上がっていた。

「これ、絶対に終わったよなぁ……」

　日本文理の主砲が呆然と虚空を見上げる。甲子園にもため息がどっと流れ出していた。

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