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プロ野球PRESSBACK NUMBER
「大谷翔平にもっとも打たれた投手」元オリックス東明大貴35歳はなぜ“野球から離れた”のか? リクナビで就活、同僚は「マジメなヤツなんですよ」
text by
酒井俊作Shunsaku Sakai
photograph byShigeki Yamamoto
posted2024/07/18 11:21
現在は不動産会社でサラリーマンとして働く元オリックスの東明大貴(35歳)。大谷翔平との対戦を懐かしそうに振り返ってくれた
帰り際に「コレ、使ってください」
生き馬の目を抜くプロ野球界において、東明は繊細な一面があった。
「10勝しても、毎試合、ストライクが入るのか、とか。シーズンオフでも休む勇気がなく、常に投げていないと不安でした。自信を持って『やってやるぞ』という気持ちになったことは一度もありませんでした」
二桁勝利を挙げた15年オフ、当時エースだった金子千尋に自主トレの同行を願い出たのも、絶え間なく焦燥に駆られていたからである。社会人からプロに入れば即戦力の扱いを受ける。高卒選手のような育成期間はなく、立ち止まっていては居場所がなくなる。そんな切迫感はついに最後まで消えることがなかった。
94試合登板18勝30敗、防御率3.97
東明のNPBでの生涯成績である。
「夢をかなえられましたからね。偉大な選手になった大谷君にもホームランを打たれましたし、野球を離れると、そういう話もできますよね」
やわらかい笑顔で振り返る。
いま、月に1回、鎌田さんとふたりで会社の近くに住む小学生に野球を教えており、白球との縁はつながっている。投げればひじが痛むため、キャッチボールをすることはほとんどない。それでも、マウンドに立った高揚感ははっきりと思い出せる。
「普段、選手時代のような興奮やアドレナリンが出るようなことを、なかなか味わうことがありません。自分が投げる緊張は、もう一生、味わうことがありませんが、ああいうドキドキ感、緊張感をもう一回、味わいたい感覚にはなりますよね」
15年には完封勝利を果たすなど、プロ野球の第一線で活躍した。大谷を筆頭に名だたる猛者たちと向き合った余熱は、そう簡単には冷めてくれそうにない。
帰り際、玄関で革靴を履こうとしたとき、東明に声をかけられた。
「コレ、使ってください」
手に持っていたのは靴べらだった。実直さを絵に描いたような男のことである。これから先も自らの手で、新しい道を切り拓いていくのだろう。
<前編からつづく>