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「パパは大谷君にホームラン打たれたことあるんだよ」大谷翔平に“日本で一番打たれた男”東明大貴の告白「次の日、僕は二軍に行きました」

posted2024/07/18 11:20

 
「パパは大谷君にホームラン打たれたことあるんだよ」大谷翔平に“日本で一番打たれた男”東明大貴の告白「次の日、僕は二軍に行きました」<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

2016年5月11日、オリックスの東明大貴からホームランを放った日ハム時代の大谷翔平。東明にとって、この被弾が野球人生のターニングポイントとなった

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酒井俊作

酒井俊作Shunsaku Sakai

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Sankei Shimbun

今季、日本人選手初のMLB通算200本塁打をマークし、オールスターゲームでも自身初の一発を放った大谷翔平。いまや“世界最高の打者”とも評される大谷がNPB時代に記録した48本のホームランのうち、個人最多となる3本を献上した投手が、オリックスで活躍した東明大貴だ。“大谷にもっとも打たれた男”が明かす、肉体に刻みこまれた対戦の記憶とは。現在は不動産会社で働く東明が、Number Webのインタビューに答えた。(全2回の1回目/後編へ)

体に刻みこまれた「大谷翔平と対峙した記憶」

 頭で憶えていなくても、体が忘れていなかった。かつてオリックスの先発ローテーション投手として活躍した東明大貴の大谷翔平にまつわる「記憶」である。

 東明はいま、不動産会社の営業マンとして東京で働いており、日本ハム時代の大谷と対戦したのは10年も前になる。

「ちょっと曖昧になっているところもあるのですが……」

 苦笑いを浮かべながらも、やがて口調は熱を帯びていく。アーチを浴びたことが話題になったときだ。東明はその瞬間を思い出したのか、投げ終える動作を示し、顔をくるりと右にひねった。左ではなくて右。咄嗟に出た動きは自然だった。

 東明は大谷にいつも顔の右へ、つまり球場の左中間に大きな打球を飛ばされていた。この方向への長打は若きスラッガーにとって好調の証だった。ユニフォームを脱いで4年が経つ。メジャーリーグ最強打者に上りつめた大谷に対峙した感覚は、本人すら自覚しないうちに体の深いところに刻みこまれていた。

“大谷翔平に打たれる自分の姿”をテレビで目にして…

 東明自身が大谷にとって“特別な存在”なのだと気づいたのは数年前である。自宅のリビングでくつろいでいた夜、テレビでニュース番組のスポーツコーナーを見ていると、大谷が日本ハム時代に放ったすべてのホームラン映像が流れていた。ふと、あることが目についた。

 画面には、白球をとらえる大谷とともに打たれる投手が映っていた。そのなかに自分の姿を見つけたのである。

「あ、俺が出てるな」

 そう思ったのもつかの間、今度は札幌ドームのマウンドに立ちつくす自分の姿を見た。さらに少し時間が経つと、また背番号26の背中が現れるではないか……。

「俺は何本、打たれたんだろう……」

【次ページ】 「打たれた次の日、僕は二軍に行きました」

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