マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
早大“7季ぶり六大学制覇”のウラに異色の「ピアニスト遊撃手」の存在あり…「偏差値75」全国屈指の超進学校出身・山縣秀(22歳)とは何者か?
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byJIJI PRESS
posted2024/06/04 17:00
7季ぶりに六大学野球で優勝を決め、胴上げされる早大の小宮山悟監督。久しぶりの快挙の裏には、ある異色の遊撃手の存在が…?
10年以上のキャリアを持つピアニストの一面も
激励会の会場の一角に、ピアノが置いてある。
「ショパンも弾けるんだって?」
冗談半分に、盛った訊き方をしたら、
「あ、弾けますよ、やりますか!」
野球の話よりずっと反応が良かった。小学2年生から現在まで10年以上のピアノ歴をもつだけに、本当に弾きに行きそうな勢いだったので「いや、いいよ、いいよ」とあわてて止めた。
騒ぎになっては大変だと思ったが、今となってはそれはそれで、どこの野球部行事でも出会ったことのない、素晴らしいワンシーンになったのではと、内心、残念に思ったりしている。
この春のリーグ戦、2番・遊撃手として、12試合すべての全イニングに出場して、41打数15安打。打率.366のハイアベレージを残しながら、リーグ最高の犠打11をもマークした山縣秀遊撃手。
「早稲田のレギュラーだったら、ホームランぐらい打てなきゃかっこ悪い!」
そんな邪念が全く見えない「等身大」の勝負。その多くが、チーム72得点につながった。
「ケガで休んでる宗山が元気だったら、やっぱり宗山ですよ、ベストナインは」
どこかの記者のそんな声を、どう聞くのか、山縣秀。
「プロなんて……僕なんか、とても、とても」
謙遜して退いていた激励会の彼が、この春、出来たことがいくつもあって、次第にプロ志望に心が傾いている……そんな声が聞こえてきたのも、やはりある記者の方からだった。
いいんじゃないか、こころざしは高く掲げよう。今、私の中には、ある妄想が湧いてきている。
ある日、プロでいっぱしのショートストップにのし上がった山縣秀。月に一度の「山縣秀、試合前ピアノコンサート」。スタジアムだけに、置かれているのは「グランドピアノ」だ。
ショパンなのか、モーツァルトなのか。ユニフォーム姿で優雅に1曲奏でると、スタンドに一礼して、ショートのポジションへ颯爽と走っていく。
場内、割れるような拍手。スタジアムという戦場のピアニスト。幼い頃から野球、野球で、ウラが野球で、表が野球。そんな根っからのプレイヤーの中に、彼のような、あまり汗の匂いを感じない野球人がいてもいいんじゃないのか。
大谷翔平でも、長嶋茂雄でもない。今までの野球選手とはまるで違う、妙な「夢」を抱かせてくれる野球とピアノの二刀流が、今、音もなく現れようとしている。